《いらだ》たせてしまつた。
 津島は二言三言応酬してゐるうちに、さく子を打つた。いつもの通り、さく子はそれを避けも逃げもしないのであつた。人が止めるまでは打たせるのであつた。自分で手を上げることも、さう珍らしくはなかつた。
 津島は猛烈に打つた。彼女がいつも頭脳《あたま》を痛がるのは、自分の拳《こぶし》のためだと意識しながら、打たずにはゐられなかつた。近頃の彼に取つては、それはをかしいほど荒れた。そして人々に遮《さ》へられたところで、床の間にあつた日本刀を持出して、抜きかけようとさへした。本統にそんな事のできる自分だとは思へなかつた。子供じみた脅嚇《おどかし》に過ぎないのを愧《は》ぢてゐたけれど、そんな事を遣りかねない野獣性が、どこかに潜んでゐるやうにも思へた。彼はそんな時、幼少の折犬に咬《か》まれて、その犬を殺すために、長い槍《やり》を提げて飛出して行つた老父の姿を思ひ出したりするのであつた。ずつと年を取つて、体の起居の自由が利かなくなつてから、まるで駄々ツ児のやうに、煙管《きせる》を振りあげて母を打たうとした父の可笑《をか》しな表情も目についてゐた。母は※[#「りっしんべん+兄」、
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