なく怠屈で無意味であつた。
 目の前の餉台《ちやぶだい》にあるお茶道具のことから、話が骨董《こつとう》にふれた。ちやうどさういふ趣味をもつてゐる養嗣子が、先刻《さつき》から裂《きれ》で拭いてゐた鍔《つば》を見せた。私が見ても、彫刻の面白い、さうざらに見つからない品であつた。鉄の地肌も滑《なめ》らかで緻密《ちみつ》であつた。
「これあ実際掘り出しものですぜ。」養嗣子はせつせと裂で拭いては、翫味《ぐわんみ》してゐた。
「いくらで買つて来たのかい。」兄は微笑してゐた。
「お父さんはいくらだとお思ひになります。」
「さあな。」
 養嗣子は又隣県にゐたとき、兵士の家から安く譲りうけた大小そろつた刀を倉から取出して来て、袋の紐《ひも》を釈《と》いた。作りは凝《こ》つたものであつた。私はその大きい方を手に取つて、鞘《さや》を払つてみた。好い刀を見ることは、私も嫌ひではなかつた。しかしその刀が、何《ど》の程度のものかは、わからなかつた。
 この部屋の壁にかゝつてゐるのは、彼が赴任してゐた台湾|土産《みやげ》の彫刻物であつた。そこに台湾の名木で造られた茶箪笥《ちやだんす》があつた。気がついてみると、餉台《ちやぶだい》も同じ材の一枚板であつた。
 私は又養嗣子夫婦の住居《すまひ》になつてゐる二階へあがつて行つた。総てこの家は、前に来たよりも、手広くなつてゐて、兄達老夫婦の階下の二間《ふたま》も、すつかり明るく取拡げられてゐた。
 二階の一室には台湾で造つた見事な大きな箪笥が、二つ並んでゐた。そこにも内地では見られない装飾品が幾個《いくつ》かあつた。
「手狭なものですから、不用なものはみんな倉へ投げこんでおきます。」
 私は私の軍人といふものに対する幼稚な概念からは、凡《およ》そ縁の遠い彼の生活気分を、不思議に思つた。いつか波のうへにゐるやうな、私の都会生活のあわたゞしさとは、似ても似つかないやうなものであつた。
 彼が軍職を罷《や》めるといふことも、大分前から耳にしてゐたが、今は少し忙しさうであつた。
 やがて下へ下りて来た。
「戦争はありますか。」
 私はきいて見た。
「ありませんとも。」彼は寧《むし》ろ私の問ひを訝《いぶか》るやうに答ヘた。
 私は踊り場のことを考へてゐた。昨夜料理屋の女中にきいて、この町にも一箇所踊れるところがあることを知つてゐた。
 私は何かしら行動が取りたくな
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