、また重い目蓋《まぶた》を開いて、機械的に手を動かした。お庄はその様子を見て腹から笑い出した。
「阿母さんは何ていうんでしょうね。そんなに眠かったら御免|蒙《こうむ》って寝《やす》んだらいいでしょう。」
「お寝みなさい。どうせ今夜は帰らないでしょうから。」叔母はその方を見ないようにして言った。
「いいえ、眠ってやしません。」
おそろしい宵《よい》っ張《ぱ》りな母親は、居睡りをしながら、一時二時まで手から仕事を放さない癖があった。頭脳《あたま》が悪いので、夜も深い睡りに陥ちてしまうなんということがなかった。
「僕はどうしても兄貴の世話にゃ何ぞならないで、きっと独りで行《や》り通してみせる。」と、昨日《きのう》から方々東京を見てあるいて、頭脳《あたま》が興奮しているので、口から泡《あわ》を飛ばして自分のことばかり弁《しゃべ》っていた叔母の弟も、叔父の机のところから持って来た、古い実業雑誌を見ていながら、だんだん気が重くなって来た。この少年の家は、田舎の町で大きな雑貨店を出していた。お庄は時々その狂気《きちがい》じみた調子に釣り込まれながら、妙な男が来たものだと思って綺麗《きれい》なその顔
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