ろの話に引き寄せられていたお庄は、しばらくこの主人とも疎《うと》くなったような気がしていた。
内儀さんは樟脳《しょうのう》の匂いの染《し》み込んだような軟かいほどきものを一枚出して、お庄に渡した。
「お前、旦那《だんな》がお留守で、あんまり閑《ひま》なようなら、ちっとこんなものでもほどいておくれ。」
お庄はそれを持って引き退《さが》って来たが、今急に手を着ける気もしなかった。
水天宮へ出かけて行った店の若い人たちが、雨に降られてどかどか[#「どかどか」に傍点]と帰って来た時分には、お庄もお鳥の帰りが待ち遠しいような気がして来た。そして明りの下でほどきものをしながら、心にいろいろのことを描いていた。
お鳥の帰ったのは、その翌朝であった。
「どうも済みません。」
お鳥は疲れたような顔をして、紅梅焼きを一ト袋、袂の中から出すと、それを棚の上において、不安らしくお庄の顔を見た。お庄はまだ目蓋《まぶた》の脹《は》れぼったいような顔をして、寝道具をしまった迹《あと》を掃いていた。お鳥は急いで襷《たすき》をかけて、次の間へハタキをかけ始めた。
二十二
お庄は久しぶりで湯島の
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