浚《ざら》い身の上ばなしを始めた。向島の妾宅のこと、これまでに渉《わた》りあるいた家のことなども、明けッ放しに話した。
 お庄は時々この女に、用事をいいつけるようになった。女は「そう」「そう」と言って、小捷《こばしこ》く働いたが、そそくさと一ト働きすると、じきに懈《だる》そうな風をしてぺッたり坐って、円《まる》い目をパチパチさせながら、いつまでも話し込んだ。この女が平気で弁《しゃべ》ることが、終《しま》いにはおそろしくなるようなことがあった。
 お鳥は冷《ひや》っこい台所の板敷きに、脹《ふく》ら脛《はぎ》のだぶだぶした脚を投げ出して、また浅草で関係していた情人《おとこ》のことを言いだした。
「堅気の家なんか真実《ほんとう》につまらない。奉公するならお茶屋よ。」
 お鳥は溜息をついて、深い目色をした。
 お庄も足にべとつく着物を捲《まく》しあげて、戸棚に凭《もた》れて、うっとりしていた。奥も台所の方も、ひっそりしていた。

     二十一

 水天宮の晩に、お鳥は奥の方へは下谷《したや》の叔母の家に行くと言って、お庄に下駄と小遣いとを借りて、裏口の方から出て行った。この女は来た時から何
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