」
こっちの仲働きは内儀さんからこう言い渡されたとき、奥から下って来ると厭な顔をして、黙って火鉢の傍で莨ばかり喫《ふか》していた。顔に蕎麦滓《そばかす》の多い女で、一度は亭主を持ったこともあるという話であった。腹には苦労もありそうで、絶えず奥へ気を配り、うっかりしているようなことはなかった。
お庄は目見えの時、内儀さんからこの女の手に渡されて、二、三日いろいろのことを教わった。お茶の運び工合から蒲団の直しよう、煙草盆の火の埋《い》け方、取次ぎのしかた、光沢拭巾《つやぶきん》のかけ方などを、少しシャがれたような声で舌速《したばや》に言って聴かせた。お庄が笑い出すと、女はマジマジその顔を瞶《みつ》めて、「いやだよ、お前さんは、真面目に聞かないから。」と、煙管《きせる》をポンと敲《たた》いた。お庄はこの「お前さん」などと言われるのが初めのうち強《きつ》く耳に障《さわ》って、どうしても素直に返辞をする気になれなかった。そんな時にお庄は、低い鼻のあたりに皺《しわ》を寄せてとめどなく笑った。一緒に膳に向う時、この女の汚らしい口容《くちつき》をみるのが厭な気持で、白い腰巻きをひらひらさせてそこら
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