兜町《かぶとちょう》へ出ている父親の友達の内儀《かみ》さんに連れられて、日本橋の方へやられたころには、この稚《ちいさ》い弟も父親に連れられて、田舎へ旅立って行った。父親はそれまでに、横浜と東京の間を幾度となく往《い》ったり来たりした。弟の家の方を視《うかが》ったり、浅草の女の方に引っかかっていたりした。終いにまた子供を突き着けられた。
お庄はまた弟をつれて、上野まで送らせられた。弟は衆《みんな》の前にお辞儀をして、紐《ひも》のついた草履《ぞうり》をはきながら、ちょこちょこと下宿の石段を降りて行った。
お庄は構内の隅の方の腰掛けの上に子供をおろして、持って来たビスケットなどを出して食べさせた。子供はそれを攫《つか》んだまま、賑やかな四下《あたり》をきょろきょろ眺めていた。
父親の顔は、長いあいだの放浪で、目も落ち窪《くぼ》み骨も立っていた。昨日浅草の方から、母親に捜し出されて来たばかりで、懐のなかも淋しかった。母親は、主婦《あるじ》に噬《か》みつくように言われて、切なげに子供を負って馬車から降りると、二度も三度も店頭《みせさき》を往来して、そのあげくにやっと入って行った。
父親は
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