。達磨屋《だるまや》の年増や、義太夫語りの顔などをお庄は目に浮べて、母親は様子が悪いとつくづくそう思った。

     八

 次の年の夏が来るまでには、お庄の一家にもいろいろの変遷があった。暮には残しておいた山畑を売りに父親が田舎へ出向いて行って、その金を持って帰って来ると、ようやく諸払いを済まして、お庄兄弟のためにも新しい春着が裁ち縫いされ、下駄や簪《かんざし》も買えた。お庄らは田舎から持って来た干栗《ほしぐり》や、氷餅《こおりもち》の類をさも珍しいもののように思って悦《よろこ》んだ。正月にはお庄も近所の子供並みに着飾って、羽子《はね》など突いていたが、そのころから父親は時々家をあけた。
 下宿の主婦《あるじ》は、「為さあは、金が少し出来たと思って、どこを毎日そうぶらぶら歩いてばかりいるだい。」と、来ては厭味を言っていた。
 父親はニヤリともしないで、「私《わし》もそういつまでぶらぶらしてはいられないで、今度という今度は商売をやろうと思って、そのことでいろいろ用事もあるで……。」と言うていたが、父親の目論見《もくろみ》では、田舎の町で知っている女が浅草の方で化粧品屋を出している、そ
前へ 次へ
全273ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング