《あぶ》ったり、浸《ひた》しのようなものを拵えたりした。
「お庄や、お前通りまで行って酢を少し買って来てくれ。」父親は戸棚から瓶《びん》を出すと、明るい方へ透して見ながら言った。
「酢が切れようが砂糖がなくなろうが、一向平気なもんだ。そらお鳥目《あし》……。」と、父親は懐の財布から小銭を一つ取り出して、そこへ投《ほう》り出した。
「あれ、まだあると思ったに……。」と、ランプに火を点《とも》していた母親は振り顧《かえ》って言おうとしたが、業《ごう》が沸くようで口へ出なかった。母親の胸には、これまで亭主にされたことが、一つ一つ新しく想い出された。
お庄は気爽《きさく》に、「ハイ。」と言って、水口の後の竿《さお》にかかっていた、塩気の染《し》み込んだような小風呂敷を外《はず》して瓶を包みかけたが、父親の用事をするのが、何だか小癪《こしゃく》のようにも考えられた。常磐津《ときわず》の師匠のところへ通っている向うの子でも、仲よしの通りの古着屋の子でも、一度も自分のような吝《しみ》ったれた使いに出されたことがなかった。ちょっとしたことで、弟を啼《な》かすと、すぐに飛びかかって来て引っ掴《つか》ん
前へ
次へ
全273ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング