を、丹念に選《え》り分けて、しまったり出したりしている傍《そば》に座り込んで、これまでに見たこともない小片《こぎれ》や袋物、古い押し絵、珊瑚球《さんごじゅ》のような物を、不思議そうに選り出しては弄《いじ》っていた。中には顎下腺炎《がっかせんえん》とかで死んだ祖母《ばあ》さんの手の迹《あと》だという黴《かび》くさい巾着《きんちゃく》などもあった。お庄は自分の産れぬ前のことや、稚《ちいさ》いおりのことを考えて、暗い懐《なつ》かしいような心持がしていた。
 家がすっかり片着いて、起《た》つ二日ばかり前に一同本家へ引き揚げた時分には、思い断《き》りのわるい母親の心もいくらか紛らされていた。明るい方へ出て行くような気もしていた。
 父親は本家の若い主《あるじ》と朝から晩まで酒ばかり飲んでいた。村で目ぼしい家は、どこかで縁が繋《つな》がっていたので、それらの人々も、餞別《せんべつ》を持って来ては、入れ替り立ち替り酒に浸っていた。山国の五月はやっと桜が咲く時分で裏山の松や落葉松《からまつ》の間に、微白《ほのじろ》いその花が見え、桑畑はまだ灰色に、田は雪が消えたままに柔かく黝《くろず》んでいた。
 道
前へ 次へ
全273ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング