とさき》の考えのない父親がこう言って主張した。これまでにもさんざん道楽をし尽して、どうかこうか五人の子供を育てあげるにさしつかえぬくらいの身代を飲み潰《つぶ》してしまった父親は、妻子を引き連れてどこか面白いところを見物に行くような心持でいた。
それまでに夫婦は長いあいだ、身上《しんしょう》をしまうしまわぬで幾度となく捫着《もんちゃく》した。母親はそのたびにいろいろの場合のことを言い出して、一つ一つなくなった物を数えたてた。
「あんらも今あれアたとい東京へ行くにしたってはずかしい思いはしないに」と、ろくに手を通さない紋附や小紋のようなものを、縫い直しにやると言って、一ト背負い町へ持ち出して行かれたことなどを、くどくどと零《こぼ》した。自分で苦労して、養蚕で取った金を夕方裏の川へ出ているちょっとの間に、ちょろりと占《せし》めて出て行ったきり、色町へ入り浸《びた》って、七日も十日も帰らなかったことなども、今さらのように言い立てられた。すると父親は煙管《きせる》を筒にしまって腰へさすと、ぷいと炉端《ろばた》を立って向うの本家へ外《はず》してしまう。
お庄は母親が、売るものと持って行くものと
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