いる妻の弟を築地《つきじ》の家に訪ねるかした。時とすると横浜で商館の方へ勤めている自分の弟を訪ねることもあった。浜からはよく強い洋酒などを貰《もら》って来て、黄金色したその酒を小さい杯《コップ》に注《つ》ぎながら、日に透《すか》して見てはうまそうになめていた。
「浜の弟も、酒で鼻が真紅《まっか》になってら。こんらの酒じゃ、もう利《き》かねえというこんだ。金にしてよっぽど飲むらあ。」
「あの衆らの飲むのは、器量《はたらき》があって飲むだでいい。身上《しんしょう》もよっぽど出来たろうに。」
「何が出来るもんだ。それでも娘は二人とも大きくなった。男の子が一人欲しいようなことを言ってるけれど、やらずかやるまいか、まアもっと先へ寄ってからのことだ。」
 そのころから、父親はよく夢中で新聞の相場附けを見たり、夜深《よなか》に外へ飛び出して、空と睨《にら》めッくらをしたりしていた。朝から出て行って、一日帰らないようなこともあった。するうちに金がだんだん減って行った。四月たらずの居喰《いぐ》いで、目に見えぬ出銭《でぜに》も少くなかった。
「手を汚さないで、うまいことをしようたって駄目の皮だぞえ。為さあ
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