りであった叔母が産気づいて来たのは、それから間もないある日の夕方であった。奥で腹痛を訴える産婦の声を聞きながらお庄はその時食べかけていた晩飯を急いで済ました。
 産婆はじきに駈けつけて来た。
「ちッと早く出るかも知れませんよ。」と、産婆はすぐに白い手術着を被《き》て産婦の側へ寄って行った。産婦は蒼脹《あおぶく》れたような顔を顰《しか》めて、平日《いつも》よりは一層|切《せつ》なげな唸《うな》り声を洩らしていた。そのうちに、電話で報知《しらせ》を受けた医師《いしゃ》が、助手を連れてやって来た。
 叔父は客と一緒に、座敷で碁を打っていた。
「どうせ死んだ塊《かたまり》を引っ張り出すだけのもんだからね、素人《しろうと》が騒いだって何にもなりゃしない。」と言って、平気でぱちりぱちりやっていた。
 二、三度腹が痛んだかと思うと、死んだ胎児はじきに押し出された。死児はふやけたような頭顱《あたま》が、ところどころ海綿のように赭く糜爛《びらん》して、唇にも紅い血の色がなかった。
「男の子ですかね、女の子ですかね。」産婦は後産《のちざん》の始末をしてもらうと、ぐったり疲れてそのまま凋《しぼ》んで行きそう
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