んだ。いつ死ぬか解らないその病人の臭い寝所の側に、母親も際限なく附いていられなかった。それに久しく東京で母子《おやこ》ともまごついている母親は、村の表通りを晴れて通ることすら出来なかった。身装《みなり》が見すぼらしいので久しぶりで墓参をするにも、そっと裏山の裾《すそ》を伝って行かなければならなかった。母親はどんなことをしても、広々した東京の方がやはり住みよいと思った。
母親が帰って来ると、父親の近ごろの様子もほぼ解った。父親は本家の方の家の世話をしたり、町で長く公立の病院長をしていて、金を拵《こしら》えて村へ引っ込んでから、間もなく腐骨症の脚を切って死んだ親類の、妾と、独り取り残されたその祖母との家を見たりして日を暮していた。田舎で見聞きして来た厭な出来事を、母親から話を聞かされると、お庄は十一の年に出たばかりの自分の家や周囲の暗い記憶が、また胸に浮んだ。
「あのお祖母《ばあ》さんも、若い時分にどこのものか知れない庭男と私通《くっつ》いて院長のお父さん……つまりお祖母さんの添合《つれあ》いに髪を切られた騒ぎもあったでね。その庭男が癩病筋《らいびょうすじ》だったというこんで院長の脚の病
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