こへ移るような手続きが出来てしまった。
 下宿からは、さしあたり必要な古火鉢や茶呑《ちゃの》み茶碗《ぢゃわん》、雑巾のような物が運ばれ、父親は通りからランプや油壺《あぶらつぼ》、七輪のような物を、一つ一つ買っては提《さ》げ込んで来た。母親は木の香の新しい台所へ出て、ゴシゴシ働いていた。
 その間お庄は、乳呑み児を背《せなか》に縛りつけられて、下宿と引っ越し先との間を、幾度となく通《かよ》っていた。

     四

 点燈《ひともし》ごろにそこらがようよう一片着き片着いた。
 広い田舎家の奥に閉じ籠《こも》って、あまり外へ出たことのない母親は、近所の女房連の集まっている井戸端へ出て行くのが、何より厭《いや》であった。子供たちも行き詰った家のなかを、そっちこっちうろつきながら、何にもない台所へ出て来ては水口のところにぴったりくっついて、暮れて行く路次を眺めていた。お庄は出たり入ったりして、そこらの門口にいる娘たちの頭髪《あたま》や身装《みなり》を遠くからじろじろ見ていた。
 父親は買立てのバケツを提げて、水を汲《く》みに行ったり、大きな躯《からだ》で七輪の前にしゃがんで、煮物の加減を見た
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