立てては、お庄の身につく物を買おうとした。そのたびに叔母はいい顔をしなかった。
話に疲れると病人は、長い溜息を吐いて、水蒸気の立つ氷枕に、痺《しび》れたような重い頭顱《あたま》を動かした。
「私も永いあいだ、世帯の苦労ばかりして来て、今死んで行っては真実《ほんとう》につまらない。」叔母は唸るように独り語《ごと》を言った。
お庄は心から憎いと思って、その顔を眺めた。
部屋に電気がついてから間もなく、叔母の母親が幸さんに連れられてやって来た。母親は五十五、六の背の高い女であった。田舎にしては洒落《しゃれ》た風をしているのが、まずお庄の目に着いた。
「私もこんな体になってしまってね。」と叔母は母親の顔を見ると、めそめそと泣き出した。
母親の優しい小さい目にも、一時に涙が湧《わ》き立った。そして何にも言わずに、手巾《ハンケチ》で面を抑《おさ》えた。お庄も傍で目を曇《うる》ませながら、擽《くすぐ》ッたいような気がした。
四十四
「私は、それじゃお庄さんに後をお願い申して、ちょっと髪を結いに帰って来ますわね。」と、洒落ものの母親は、来た晩から気にしていた小さい丸髷《まるまげ》を撫《な》でながら言い出した。二、三日側についていると、母子の間にもう大分話の種がなくなってしまった。来ると早々窮屈な病室の寝台などに臥《ね》かされて、まだろくろく帯を釈《と》いて汽車の疲労《つかれ》を休めることすら出来なかった。
牛乳とスープだけで活きている叔母が時々、「ああ、おいしいおこうこでお茶漬が食べたいね。」と唸ると、老婦《としより》は傍からもどかしがって、看護婦に尋ねてみたが、看護婦やお庄は笑っていて取り合わなかった。
「院長さんに伺ってみましょう。」看護婦はその場のがれに言って出て行った。
「それでも、ちっとは何か食べさすものの工夫がつきそうなものだね。」と、母親は隅の方で、お庄が運び込んで来ておいた、細かいかき餅の鑵《かん》を見つけて振って見たり、籠《かご》のなかの林檎《りんご》を取り出して眺めたりした。そして口淋しくなると、自分でポリポリ摘《つま》んで食べては、お庄に田舎の嫁の話などをして聞かせた。その嫁の荷のたくさんあることが母親の自慢であった。夜になると、母親はまた腹をすかして、お庄に近所で鮨《すし》を誂《あつら》えさせ、そっと茶盆を持ち込ませなどして、少しの間も食ったり飲んだり、お饒舌《しゃべり》をしていなければ気が済まなかった。
「私の病気がよくなったら、阿母さんもゆっくり東京見物でもして下さいよ。」病人は寝台のうえから話しかけた。
「私もこんなことでもなければ、めったに出て来るようなこともないでね。」母親は、銀の延べ煙管《ぎせる》に莨《たばこ》をつめて、マッチで内輪に煙草を吸っていた。
このごろ田舎で見た、東京役者の芝居の話などが始まった。東京で聞えた役者のことをこの母親もなにかとなく知っていて、独りで調子に乗って弁《しゃべ》った。
母親が出て行くと、病室はにわかに淋しくなった。暑い日中、熱に浮かされたような患者は、時々|床《ゆか》の敷物のうえに疲れて居睡《いねむ》りをしているお庄を、幾度となく呼んだ。お庄があわてて枕頭《まくらもと》へ顔を持って行くと、叔母は鈍いうっとりした目を開いて、一両日姿を見せない叔父のことを気にかけて訊いた。
「叔父さんに急いで来てもらうように、電話でそう言ってね……。」と、患者は囈言《うわごと》のように呟《つぶや》いた。
患者も附添いも倦《う》んだように黙って、離れていた。埃深い窓帷《まどかけ》には、二時ごろの暑い日がさして来た。そこへ院長が、助手を二人つれて入って来た。
院長が先の見えすいている患者の体に綿密な診察をしている間、叔母は傍に立っている、髭《ひげ》のちょんびりした、愛嬌《あいきょう》のある若い助手の顔を、下からまじまじ眺めていた。
「この助手さんは別品だねえ――。」と言って、狂気《きちがい》じみた笑い方をした。
お庄も看護婦も、後の方でくすくす笑い出した。
厳粛な院長は、にっこりともしないで、じっと聴診器に耳を当てていた。披《はだ》けた患者の大きい下腹が、呼吸《いき》をするたびにひこひこして、疲れた内臓の喘ぐ音が、静かな病室の空気に聞えるのであった。
院長は、物慣れた独逸語《ドイツご》で、低声《こごえ》で助手に何やら話しかけると、やがて静かに出て行った。
お庄は後でしばらく笑いが止らなかった。
夕方になると、叔母はまた叔父の来ないのに、気を焦立《いらだ》たせた。お庄は幾度となく家へ電話をかけた。
四十五
六尺ばかり隔てをおいて、寝台のうえに臥《ね》ていながら、叔母と叔父とは嫉妬喧嘩《やきもちげんか》をした。昨夜《ゆうべ》あのくらい電話をかけて
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