過ぎようとしたが、後悔の影のさしている女の心をいじらしく思った。
「ちっと遊びにおいで。」と、芳村は娘と離れて、磯野の消息を訊《たず》ねなどした。
芳村がお増を自分の方へ引きつけようとしていることが、磯野の前に何事をも包み隠さぬお増の口吻《くちぶり》でも解った。二人は磯野の叔父の家の二階でよく言合いをした。毎日|頭脳《あたま》のふらふらしている磯野は、気ままなお増に責められて芳村へ詫《わ》び手紙をさえ書いて送らせられ、お増と別れるについて、手切れの金の算段にも出歩かなければならなかった。
「僕はあの時の罰が来て、実にひどい目に逢わされた。」と言って、磯野は涙を出しながら愚痴を零《こぼ》した。
お庄は終いに笑い出した。
「お庄ちゃんも、ここに辛抱おしなさい。ここの家には、相当に金もあるというじゃないか。」と、磯野は手※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンケチ》で眼鏡を拭きながら、お庄の顔を眺めた。
「どうですか。何だかあんまり面白いこともないんですけれど。」と、お庄は自分の立場を打ち明ける気にもなれなかった。
「しかし変だね。何にも取らないで話ばかりしていちゃ。」と、磯野は気にし出した。
お庄はそうして長く坐り込まれても困ると思った。母屋《もや》の座敷で昼寝をしている芳太郎のことも気にかかったが、とにかく酒だけは出すことにした。しばらくしてから、卵焼きに海苔《のり》などが酒と一緒に上衣《うわぎ》を脱いで寛《くつろ》いでいる磯野の前に持ち運ばれた。
七十九
磯野がちびちび酒を飲んでいる間も、お庄はちょいちょい母屋《もや》の方を気にして覗きに来た。磯野は切り揚げそうにしては、また想い出したように銚子《ちょうし》をいいつけいいつけしたが、お庄が傍ではらはらするほど、気が熬《い》れて話がこじくれて来た。
「僕はここの家の人に紹介してもらおう、そしてお庄ちゃんのことも頼んで行きたいと思うが悪いかね。」磯野は衣兜《かくし》のなかから、帳場へおく祝儀などを取り出して、お庄の前におきながら言った。
「そんなことをしなくともいいんですよ。かえっておかしゅうござんすから。」と、お庄は押し戻した。
「芳太郎という人にも、ここでちょッと逢って行こうじゃないか。僕は第三者として、お庄ちゃん夫婦のためにいささか健康を祝したいと思う。」と酒の廻った磯野は芝居じみたよう
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