すごすごと歩いていたが、どこへ行くという的《あて》もなかった。
伝馬町の方へ出ようとする途中で、二、三度車夫に声をかけられたが、乗る決心もつかぬうちに、皆なやり過してしまった。
停車場へ来たのは、もうよほど晩《おそ》かった。構内には、疲れたような人の姿がちらほら見えていた。お庄は薄暗い隅の方のベンチに腰を卸《おろ》しながら、上り下りどっちの切符を買おうかと思案していた。
七十五
その晩お庄は本郷の方に泊った。
ちょうど正雄が来合わせていて、姉弟《ふたり》は久しぶりで顔を合わした。正雄はこれまでにも二度ばかり親方を取り替えた。体の弱いので、あまり仕事の劇《はげ》しい家では、辛抱がしきれなかった。お庄はそのたびに弟をつれて、前の主人へ話をつけたり、新しい洋服店へ交渉したりした。今の家は女主《おんなあるじ》であった。その主人はお庄のところへも遊びに来て、一緒に花など引いたこともあった。
正雄は脚気で蒼い顔をしていた。お庄の変った様子を見て、にやにや笑っていたが、お庄も弟の様子がめっきり落ち着いて来たと思った。
「医師《いしゃ》が転地しろと言うそうで。」と、母親は一番体が弱くて可愛い正雄のことで先刻《さっき》から気を揉んでいた。
「しばらく田舎へでもやらずかと思うけれど……そうすれば叔父さんも一緒に行くと言うでね。――叔父さんも梅雨《つゆ》が体に障《さわ》ったようで、あれからずッと工合が悪いで、どうでも田舎へ帰ると言って、今その支度中さね。」母親は火鉢に凭《よ》りかかっていながら、屈托そうな顔をして、火箸で火を弄《いじ》っていた。
家の荒《さび》れている様子が、ひしひしお庄の胸に感ぜられた。お庄が行くとき傭《やと》い入れた女中の姿も見えず、障子の破けた台所の方もひっそりして、二階にも人気がなかった。掃除ずきな自分がいなくなってから、そこらのだらしなく汚くなった状《さま》も、心持悪いようであった。
この家を早晩畳まなければならぬことは、行く時分からお庄にも解っていたが、また帰って来てここを盛り返したいような気も、時々しなくもなかった。
母親は、ここの雑作が売れ次第、借金を少し片着けて、それから田舎へ行きたいと言っている叔父のことや、お庄が行ってから、ここへ寄り着く人もめっきり少くなったことなどを言い出した。叔父が会社にいた時分の連中も、近ごろはと
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