「芳村さんには煮豆ばかり食べさしておいて、暇さえあると自分は芝居へ行ってるの。」
「ふとすると家の中江に乗り換えようとしているんかも知れないね。若い人から絞るという話もあるぜ。」と、磯野は笑った。
「そうでもしなくちゃ、芝居道楽が出来ないでしょう。」
磯野がお庄の詰めてくれた弁当を持って、朝おそく、学校へ出て行った。
お庄は磯野の出たあとの部屋を自身綺麗に取り片着けながら、磯野の蒲団のうえに坐って、時計のオルゴルを鳴らして見たりした。
お庄は机の抽斗《ひきだし》を開けて見た。抽斗からは、コスメチックや香水のような物が出た。写真や手紙なども出た。手紙のなかには磯野がよく行ったことのある小塚から来たらしいのもあった。お庄はそれを読みながら、劇《はげ》しい耳鳴りを感じた。舌も乾くようであった。
昼過ぎに、軽い夏の雨が降って来た。お庄は着物を着替えて、蝙蝠傘《こうもりがさ》を持って学校まで出かけて行った。そして路傍《みちわき》の柳蔭にたたずんで、磯野の出て来るのを待っていた。
六十
盆時分に問屋の決算をしに出て来て小網町の方に宿を取っていた兄が帰る時、磯野も一緒に田舎へ行くことになった。磯野が兄の取引き先から二十円三十円と時借りをした金の額の少くないことが、その時すっかり解った。お庄のところへ来たてに磯野はそんな金で、軟かい着物を拵えたり、持物を買ったりして景気づいていたが、湯島|界隈《かいわい》の料理屋にもちょいちょい昵近《ちかづき》の女があった。お庄と一緒に歩いている時、磯野は途《みち》で知った女に逢うと、こっちから声をかけて、お庄をそっち退《の》けに、片蔭でひそひそ話をすることがたびたびあった。
「あれには僕が少し義理の悪い借金もある。いつか芸者の祝儀を立て替えさしてそれッ放しさ。」と、磯野は何か思い出したような顔をして、またお庄と一緒に歩いた。
磯野がいろいろの女を知っていることが、お庄にも解って来た。
部屋で机のなかから写真を出して見ていると、磯野は手切れまで取られて別れた一年前の女をまた憶い出した。そしてお庄の見ている傍で急に思い着いて手紙を書きはじめた。
「厭な人ね。」と、お庄は机の端に両肱《りょうひじ》をついて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》っていたが、いきなり手を伸ばして巻紙を引っ褫《たく》った。
「何大
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