る。お前さんとこの親方は威勢がいいばかりで、肴《さかな》は一向新しくないとか、刺身の作り方が拙《まず》くてしようがないとかいう小言もあった。
お作は嫂と一緒に、お客にでも来たように、火鉢を一尺も離れて、キチンと坐って聞いていた。
「それじゃね、晩にお刺身を一人前……いいかえ。」と言って、お国は台所の棚へ何やら収《しま》い込んでから、茶の室《ま》へ入って来た。軟《やわら》かものの羽織を引っ被《か》けて、丸髷《まるまげ》に桃色の手絡《てがら》をかけていた。生《は》え際《ぎわ》がクッキリしていて、お作も美しい女だと思った。
お国は、キチンと手を膝に突いている二人の姿を見ると、
「オヤ。」とびっくりしたような風をして、
「何てえんでしょう、私ちっとも知りませんでしたよ。それでも、もうそんなに快《よ》くおなんなすって。汽車に乗ってもいいんですか。」と火鉢の前に座を占めて、鉄瓶を持ちあげて、火を直した。
「え、もう……。」とお作は淋しい笑顔《えがお》を挙げて、「まだ十分というわけには行きませんけれど……。」と嫂の方を向いて、「姉さん、この方が小野さんのお内儀《かみ》さん……。」
「さようでございますか。」と姉が挨拶しようとすると、お国はジロジロその様子を眺めて、少し横の方へ出て、洒々《しゃあしゃあ》した風で挨拶した。そうして菓子を出したり、茶をいれたりした。
「あなたも流産なすったんですってね。私一度お見舞いに上ろうと思いながら……何《なん》しろ手が足りないんでしょう。」
お作は嫂と顔を見合わしてうつむいた。
「暮だって、お正月だって、私一人きりですもの。それに新さんと来たら、なかなかむずかしいんですからね……。マアこれでやっと安心です。人様の家を預かる気苦労というものはなかなか大抵じゃありませんね。」
「真実《ほんとう》にね。」とお作は赤い顔をして、気の毒そうに言った。「どうも永々済みませんでした。」
お作はしばらくすると、着物を着替えて、それから台所へ出た。お国は、取っておいた鯵《あじ》に、塩を少しばかり撒《ふ》って、鉄灸《てっきゅう》で焼いてくれとか、漬物《つけもの》は下の方から出してくれとか、火鉢の側から指図がましく声かけた。お作は勝手なれぬ、人の家にいるような心持で、ドギマギしながら、昼飯《ひる》の支度にかかった。
飯時分に新吉が帰って来た。新吉はお作の顔を見ると、「ホ……。」と言ったきりで、話をしかけるでもなかった。飯の時、お作はお国の次に坐って、わが家の飯を砂を噛《か》むような思いで食った。
三十二
それでも、嫂のいるうちは、いくらか話が持てた。そうして家が賑《にぎ》やかであった。日の暮れ方になると、嫂は急に気を変えて、これから小石川へもちょっと寄らなければならぬからと言って、暇を告げようとした。お作は、にわかに寂しそうな顔をした。
お作は嫂を台所へ呼び出して、水口の方へ連れて行って、何やら密談《ないしょばなし》をし始めた。
「お国さんは、まったく変ですよ。私何だか厭で厭で、しようがないわ。」と顔を顰《しか》めた。
「真実《ほんとう》に勝手の強そうな、厭な女だね。」と嫂も心《しん》から憎そうに言った。「でも、いつまでもいるわけじゃないでしょう。私でも帰ったら、あの人も帰るでしょう。かまわないから、テキパキきめつけてやるといい。」
「でも、宅《うち》はどういう気なんでしょう。」
「サア、新さんが柔和《おとな》しいからね。」と嫂も曖昧《あいまい》なことを言った。そうして溜息を吐《つ》いた。その顔を見ると、何だか望みが少なそうに見える。「お前さんは、よっぽどしっかりしなくちゃ駄目だよ。」と言っているようにも見えるし、「あの女にゃ、どうせ敵《かな》やしない。」と失望しているようにも見える。
三、四十分、顔を突き合わしていたが、別にどうという話も纏《まと》まらない。いずれその内にはお国が帰るだろうからとか、新さんだってまさか、あの人をどうしようという気でもあるまいから、しばらく辛抱おしなさいとか、そのくらいであった。
お作は嫂の口から、そのことをよく新吉に話してくれということを頼んだ。
「姉さんから、宅《うち》の人の料簡《りょうけん》を訊いて見て下さいよ。」と言った。
「それはお作さんから訊く方がいいわ。私がそれを訊くと、何だか物に角《かど》が立って、かえって拙《まず》かないかね。」
「そうね。」とお作は困ったような顔をする。
台所から出て来た時、お国は店にいた。新吉も店にいた。お作と嫂の茶の室《ま》へ入って来る気勢《けはい》がすると一緒に、お国も茶の室へ入って来た。それを機《きっかけ》に、嫂が、「どうもお邪魔を致しました……。」と暇を告げる。
「オヤ、もうお帰り。マアいいじゃありませんか。」お国は
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