ごてつくようにも聞えるが、その話は大分込み入っているらしい。いろんな情実が絡《から》み合っているようにも思える。お作は洗うものを洗ってから、手も拭《ふ》かずに、しばらく考え込んでいた。と、新吉は何かぷりぷりして、ふいと店へ出てしまったらしい。お作が入って来た時、お国は長煙管で、スパスパと莨を喫《ふか》していた。
 その晩三人は妙な工合であった。お作はランプの下で、仕事を始めようとしたが、何だか気が落ち着かなかった。それにしばらくうつむいていると、血の加減か、じきに頭脳《あたま》がフラフラして来る。お国に何か話しかけられても、不思議に返辞をするのが億劫《おっくう》であった。新吉は湯に行くと言って出かけたきり、近所で油を売っていると見えて、いつまでも帰って来なかった。
 十一時過ぎに、お作は床に就いても、やっぱり気が落ち着かなかった。それでウトウトするかと思うと、厭な夢に魘《うな》されなどしていた。新吉とお国と枕をならべて寝ているところを、夢に見た。側へ寄って、引き起そうとすると、二人はお作の顔を瞶《みつ》めて、ゲラゲラと笑っていた。目を覚まして見ると、お国は独り離れて店の入口に寝ていた。

     三十四

 小野の刑期が、二年と決まった通知が来てから、お国の様子が、一層不穏になった。時とすると、小野のために、こんなにひどい目に逢《あ》わされたのがくやしいと言って、小野を呪《のろ》うて見たり、こうなれば、私は腕一つでやり通すと言って、鼻息を荒くすることもあった。
 お国にのさばられ[#「のさばられ」に傍点]るのが、新吉にとっては、もう不愉快でたまらくなって来た。どうかすると、お国の心持がよく解ったような気がして、シミジミ同情を表することもあったが、後からはじきに、お国のわがままが癪《しゃく》に触《さわ》って、憎い女のように思われた。お作が愚痴を零《こぼ》し出すと、新吉はいつでも鼻で遇《あしら》って、相手にならなかったが、自分の胸には、お作以上の不平も鬱積《うっせき》していた。
 三人は、毎日|不快《まず》い顔を突き合わして暮した。お作は、お国さえ除《の》けば、それで事は済むように思った。が、新吉はそうも思わなかった。
「どうするですね、やっぱり当分田舎へでも帰ったらどうかね。」と新吉はある日の午後お国に切り出した。
 お国はその時、少し風邪《かぜ》の心地で、蟀谷《こ
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