をこの男がしてくれた時、新吉は優しい顔を顰《しか》めた。
「どうも困るな、こんな取着《とりつ》き身上《しんしょう》で、そんな贅沢《ぜいたく》な真似《まね》なんかされちゃ……。何だか知んねえが、その引物《ひきもの》とかいう物を廃《よ》そうじゃねえか。」
四
小野は怒りもしない。愛嬌《あいきょう》のある丸顔に笑《え》みを漂《うか》べて、「そう吝《けち》なことを言いなさんな。一生に一度じゃないか。こんな物を倹約したからって、何ほども違うものじゃありゃしない。第一見すぼらしくていけないよ。」
「でも君、私《あっし》アまったくのところ酷工面《ひどくめん》して婚礼するんだからね。何も苦しい思いをして、虚栄《みえ》を張る必要もなかろうじゃねいか。ね、小野君|私《あっし》アそういう主義なんだぜ。君らのように懐手《ふところで》していい銭儲《ぜにもう》けの出来る人たア少し違うんだからね。」
「理窟《りくつ》は理窟さ。」と小野は笑顔《えがお》を放さず、
「他《ほか》の場合と異《ちが》うんだから、少しは世間体ていうことを考えなくちゃ……。いいじゃないか、後でミッチリ二人で稼《かせ》げば。」
新吉は黒い指頭《ゆびさき》に、臭い莨を摘《つま》んで、真鍮《しんちゅう》の煙管《きせる》に詰めて、炭の粉を埋《い》けた鉄瓶《てつびん》の下で火を点《つ》けると、思案深い目容《めつき》をして、濃い煙を噴《ふ》いていた。
六畳の部屋には、もう総桐《そうぎり》の箪笥が一棹|据《す》えられてある。新しい鏡台もその上に載せてあった。借りて来た火鉢《ひばち》、黄縞《きじま》の座蒲団《ざぶとん》などが、赭《あか》い畳の上に積んであった。ちょうど昼飯を済ましたばかりのところで、耳の遠い傭《やと》い婆さんが台所でその後始末をしていた。
新吉はまだ何やらクドクド言っていた。小野の見積り書きを手に取っては、独りで胸算用をしていた。ここへ店を出してから食う物も食わずに、少しずつ溜めた金がもう三、四十もある。それをこの際あらかた噴《は》き出してしまわねばならぬというのは、新吉にとってちょっと苦痛であった。新吉はこうした大業な式を挙げるつもりはなかった。そっと輿入《こしい》れをして、そっと儀式を済ますはずであった。あながち金が惜しいばかりではない。一体が、目に立つように晴れ晴れしいことや、華《はな》やかなこと
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