」
「その時私がちゃんと小遣いまで配《あてが》って、それから何分お願い申しますと、叔母っ子に頼んだくらいじゃないか。」と新吉の語気は少し急になって来た。
「己《おれ》はすることだけはちゃんとしているんだ。お前に不足を言われるところはねえつもりだ。小野なんぞのすること見ねえ、あの内儀さんと一緒になってから、もう大分になるけれど、今に人の宅《うち》の部屋借りなんぞしてる始末だ。いろいろ聞いて見ると随分内儀さんを困らしておくそうだ。そのあげくに今度の事件だろう。内儀さんは裸になってしまったよ。いるところもなけれア、喰うことも出来やしない。その癖あの内儀さんと来たら、なかなか伎倆《はたらき》もんなんだ。客の応対ぶりだって、立派なもんだし、宅《うち》もキチンキチンとする方だし……どうしてお前なんざ、とても脚下《あしもと》へも追っ着きゃしねえ。」
お作は赤い顔をしてうつむいていた。
「私《あっし》なんざ、内儀さんにはよくする方なんだ。これで不足を言われちゃ埋《うま》らないや。」
「不足を言うわけじゃないんですけれど……。」お作はあちらの部屋へ聞えでもするかと独りではらはらしていた。
「真実《ほんと》に……。」と鼻頭《はなさき》で笑って、「和泉屋の野郎、よけいなことばかり弁《しゃべ》りやがって、彼奴《あいつ》に私《あっし》が何の厄介になった。干渉される謂《い》われはねえ。」と新吉はブツブツ言っていた。
「そうじゃないんですけれどね……。」お作はドギマギして来た。
二十六
「マア一口……。」と言って、初手《しょて》に甘ッたるい屠蘇《とそ》を飲まされた。それから黒塗りの膳が運ばれた。膳には仕出し屋から取ったらしい赤い刺身や椀や、鯔《いな》の塩焼きなどがならべてあった。
「サア、お作や、お前お酌をしてあげておくれ。あいにくお相をする者がおりませんでね……。」
お作は無器用な手容《てつき》で、大きな銚子から酒を注《つ》いだ。新吉は刺身をペロペロと食って、けろりとしているかと思うと、思い出したように猪口を口へ持ってゆく。
「阿母《おっか》さん、一つどうですな。」とやがて母親へ差した。
「さようでございますかね。それでは……。」と母親は似而非笑《えせわら》いをして、両手で猪口を受け取った。そうしてお作に少しばかり注がせて、じきに飲み干して返した。
「これも久しく東京へ出てい
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