をも試みさした。
「今からそんなこってどうするんだ。まるで婆さんのようだ。」と新吉は笑いつけた。
お作はもうしわけのないような顔をして、そのたびごとに元気らしく働いて見せた。
こうした弱い体で、妊娠したというのは、ちょっと不思議のようであった。
「嘘《うそ》つけ。体がどうかしているんだ。」と新吉は信じなかった。
「いいえ。」とお作は赤い顔をして、「大分|前《さき》からどうも変だと思ったんです。占って見たらそうなんです。」
新吉は不安らしい目色《めつき》で、妻の顔を見込んだ。
「どうしたんでしょう、こんな弱い体で……。」といった目色《めつき》で、お作もきまり悪そうに、新吉の顔を見上げた。
それから二人の間に、コナコナした湿《しめ》やかな話が始まった。新吉は長い間、絶えず悪口《あっこう》を浴びせかけて来たことが、今さら気の毒なように思われた。てんで自分の妻という考えを持つことの出来なかったのを悔いるような心も出て来た。ついこの四、五日前に、長湯をしたと言って怒ったのが因《もと》で、アクザモクザ罵《ののし》った果てに、何か厄介者《やっかいもの》でも養っていたようにくやしがって、出て行け、今出て行けと呶鳴《どな》ったことなども、我ながら浅ましく思われた。
それに、妊娠でもしたとなると、何だか気が更《あらた》まるような気もする。多少の不安や、厭な感じは伴いながら、自分の生活を一層確実にする時期へ入って来たような心持もあった。
お作はもう、お産の時の心配など始めた。初着《うぶぎ》や襁褓《むつき》のことまで言い出した。
「私は体が弱いから、きっとお産が重いだろうと思って……。」お作は嬉しいような、心元ないような目をショボショボさせて、男の顔を眺めた。新吉はいじらしいような気がした。
お作は十二時を聞いて、急に針を針さしに刺した。めずらしく顔に光沢《つや》が出て、目のうちにも美しい湿《うるお》いをもっていた。新吉はうっとりした目容《めいろ》で、その顔を眺《なが》めていた。
十五
お作は婚礼当時と変らぬ初々《ういうい》しさと、男に甘えるような様子を見せて、そこらに散った布屑《きれくず》や糸屑を拾う。新吉も側《そば》で読んでいた講談物を閉じて、「サアこうしちアいられねえ。」と急《せ》き立てられるような調子で、懈怠《けだる》そうな身節《みぶし》がミリミリ言う
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