ち、早くお歸り。』とお山は言棄てて、コートの裾を※[#「寨」の「木」に代えて「衣」、第3水準1−91−84]《から》げながら、ゴタ/\した秋雨《あきさめ》の町を菊坂の方へ急いでゆく。
 お大は後で少時《しばらく》姉の惡口《わるくち》を言つてゐたが、此も日の暮に店を出て行く。
 狹い柳町の通は、造兵歸《ざうへいがへり》の職工で、※[#「赭のつくり/火」、第3水準1−87−52]《にえ》くり返るやうである。軒燈《けんとう》が徐々《そろ/\》雨の中から光出して、暖かい煙の這出《はひだ》して來る飯屋《めしや》の繩暖簾《なはのれん》の前には、腕車《くるま》が幾臺となく置いてある。お大は何處かの番傘を翳《さ》して、ブヨ/\した横肥《よこぶとり》の體を、町の片側からノソ/\と歩いてゐる。
 お大は姉と違つて、幼《ちひさ》い時分から苦勞性の女であつたが、糸道《いとみち》にかけては餘程鈍い方で、姉も毎日|手古摺《てこず》つて居た。其癖負けぬ氣の氣象《きしやう》で、加之《おまけに》喧嘩が好《すき》と來て居る。何か知ら始終不平を持つてゐる女で、其狹い額を見ても、曇然《どんより》した目のうちを見ても、何處か一
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