周囲《まわり》に若い檜《ひのき》や楓《かえで》や桜が、枝葉を繁《しげ》らせ、憂鬱《ゆううつ》そうな硝子窓《ガラスまど》を掠《かす》めていた。

      三

 玄関から声かけると、主婦らしい小肥《こぶと》りの女が出て来て、三村加世子がいるかと訊《き》くと、まだ冬籠《ふゆごも》り気分の、厚い袖《そで》無しに着脹《きぶく》れた彼女は、
「三村さんですか。お嬢さまは療養所へ行ってお出《い》でなさいますがね、もうお帰りなさる時分ですよ。どうぞお上がりなすって……。」
 だだっ広い玄関の座敷にちょっとした椅子場《いすば》があり、均平をそこでしばらく待たせることにして、鄙《ひな》びた菓子とお茶を持って来た。風情《ふぜい》もない崖裾《がけすそ》の裏庭が、そこから見通され、石楠《しゃくなげ》や松の盆栽を並べた植木|棚《だな》が見え、茄子《なす》や胡瓜《きゅうり》、葱《ねぎ》のような野菜が作ってあった。
「療養所はこの町なかですか。」
「いいえ、ちょっと離れとりますが、歩いてもわけないですよ。何なら子供に御案内させますですが。」
 均平はそれを辞し、病院は明朝《あした》にすることにした。主婦の話では
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