日などは緑の髪に似た柳が煙《けぶ》り、残りの浅黄桜が、行く春の哀愁を唆《そそ》るのであった。この家も土地建ち初まりからのもので、坪数にしたら十三四坪のもので、古くなるにつれていろいろの荷物が殖《ふ》え、押入れも天井の棚《たな》も、ぎっしり詰まっていた。均平の机も箪笥《たんす》とけんどん[#「けんどん」に傍点]の間へ押しこまれ、本箱も縁側で着物の入っている幾つかの茶箱や、行李《こうり》のなかに押しこまれ、鼓や太鼓がその上に置かれたりした。もちろん彼は大分前から机の必要がなくなっていた。古い友人に頼まれて、一ト夏漢文の校正をした時以来、ペンを手にすることもまれであった。
 銀子は家の前へ来ると、ちょっと立ち停《ど》まってしばらく内の様子を窺《うかが》っていた。留守に子供たちが騒ぎ、喧嘩《けんか》もするので、わざとそうしてみるのであった。

      七

 ちょうど最近|披露目《ひろめ》をした小躯《こがら》の子が一人、それよりも真実《ほんとう》の年は二つも上だが、戸籍がずっと後《おく》れているので、台所を働いている大躯《おおがら》の子に、お座敷の仕度《したく》をしてもらっているところだっ
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