れる妹たちを脊中《せなか》に縛りつけられ、遠遊びをしたこともあったが、負ぶったまま庭の柘榴《ざくろ》の木に登り、手をかけた枝が析れて、弾《はず》みで下の泉水へどさりと堕《お》っこちたこともあった。
「大変だわ。」
 銀子は襁褓《おしめ》を見て、少しうんざりするのだったが、この小さい人たちだけは、一人も芸者にしたくないと思った。しかし妹たちの成行きがどうなろうと、これ以上の重荷は背負いきれそうもなく、やはり母の言うような、どうにか手足さえ伸ばせば、それでいいとしておくよりほかなかった。それにしても久しぶりで家庭の雰囲気《ふんいき》に触れ、結婚どころではないという気もするのだった。
 巣鴨から煎餅《せんべい》なぞもって帰って来た母親が、二階へ上がってみると、銀子は机に突っ伏して眠っていた。
「何だお前寝ているのか。眠かったらゆっくり寝ていれ、床しいてやろうか。」
 銀子はうとうとしたところだったが、ふと目をさまし、顔に圧《お》されていた手を擦《こす》っていた。
「あんばいでも悪くて来たのじゃないかい。」
「ううん、ただちょっとふらりと来てみたのさ。」
「そうかい、それならいいけれど……。」
 母は負ぶい紐《ひも》を釈《と》き、腕を伸ばしてにこにこ絣《かすり》の負ぶい絆纏《ばんてん》の襟《えり》を披《はだ》けて、
「お前これちょっと卸しておくれ、巣鴨まで行って来て肩が凝ってしまった。」
 そう言って脊《せ》なかを出され、銀子は少し伸びあがるようにして、赤ん坊を抱き取った。
「色黒いわね。いつ産まれたの。」
「お前んところのお母さんが亡くなるちょっと前だよ。」
 赤ん坊は眠り足らず、銀子の膝《ひざ》で泣面《べそ》をかき、ぐずぐず鼻を鳴らし口を歪《ゆが》めているので、銀子も面白く、どの赤ん坊もこうだったと、思い出すのだった。
「よし、よし。」
 銀子は無器用に抱きかかえ、起《た》ちあがって揺すってやったが、いよいよ渋面作り泣き出した。
「何だ、お前姉さんに抱っこして……。さあ、おっぱいやろう。腹がすいてるだろう。」
 母はそう言って赤児《あかご》を抱き取り、黝《くろ》ずんだ乳首を含ませながら、お産の話をしはじめた。銀子の時は産み落とすまで母は働き、いざ陣痛が来たとなると、産婆を呼びに行く間もなく、泡《あわ》を喰《く》った父が湯を沸かすのも待たなかった。次ぎもその次ぎも……。
「この子お父さん似だわ。」
「誰に似たか知らないけれど、この子は目が変だよ。ほかの子は一人もこんな目じゃなかったよ、みんな赤ん坊の時から蒼々《あおあお》した大きい目だったよ。この子の目だけは何だか雲がかかったようではっきりしないよ。おら何だか人間でないような気がするよ。」
「そうかしら。こんなうちは判んないわよ。」
 外は少し風が出て、硝子戸ががたがたした。するうち小さい妹が前後して、学校から帰って来た。みんなで下で煎餅を食べながら、お茶を呑《の》んだ。
「お銀姉ちゃん泊まって行くの。泊まって行くといいな。」
 大きい方が言った。
「泊まってなんか行くもんかよ。風が出たから早く帰んなきゃ。」
 母は帰りを促し気味であった。

      十四

 銀子は蟇口《がまぐち》から銀貨を出して妹に渡し、
「これお小遣《こづか》い、お分けなさい。」
 そう言って帰りかけたが、父は額に濡手拭《ぬれてぬぐい》を当て臥《ね》そべっており、母はくどくどと近所の噂《うわさ》をしはじめ、またしばらく腰を卸していた。父は仕事ができないし、怪我《けが》をしなくても、元来春先になると、頭が摺鉢《すりばち》をかぶったように鬱陶《うっとう》しくなるのが病気で、碧《あお》い天井の下にいさえすれば、せいせいするので、田舎《いなか》へ帰りたくもあったが、本格的な百姓の仕事はできもしないのであった。
 母親も今更住み馴《な》れた東京を離れたくはなかった。彼女はこの界隈《かいわい》でも、娘によって楽に暮らしている家のあることを知っていた。銀子とは大分時代の違う按摩《あんま》の娘は、この二三年二人とも上野の料亭《りょうてい》山下に女中奉公をしているうちに、亀井戸に待合を買ってもらったとか、貧乏なブリキ屋の娘が、テケツ・ガールから請負師の二号になり、赤ん坊を大した乳母車《うばぐるま》に載せて、公園を歩いていたとか。彼女はそれを銀子に望んでいるわけでもなく、むしろいくらか軽蔑《けいべつ》の意味で話しているのだったが、浮かびあがった親の身の上は、羨《うらや》ましくなくもなかった。
 父はルムペンかと思うような身装《みなり》も平気だが、母は軟《やわ》らかい羽織でも引っかけ、印台の金の指環《ゆびわ》など指に箝《は》めて、お詣《まい》りでもして歩きたいふうで、家の暮しも小楽らしく何かと取り繕い、芸者をしている娘から仕送っ
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