で、独りで南部坂を唸《うな》ったりしていた。
銀子は秋に披露目《ひろめ》をしたのだったが、姐さんたちに引き廻されているうちに、少しずつ座敷の様子がわかり、客の取做《とりな》しもこなれて来て、座敷は忙しい方だったが、ある晩医専の連中に呼ばれて、もう冬の寒い時だったので、狐拳《きつねけん》で負けるたびに、帯留め、帯揚げ、帯と一枚々々|剥《は》がされ、次ぎには罰杯のコップ酒を強《し》いられ、正体もなくへとへとに酔って帰ったことがあったが、家の閾《しきい》を跨《また》ぐ途端一度に酔いが発して、上がり口の廊下に崩れてしまった。
やがて銀子は親爺の両手に抱かれ、二階の四畳に寝かされたが、翌朝目がさめても、座敷を貰《もら》った後のことは、何一つ覚えがなかった。
七
朝目のさめた銀子の牡丹は、頭脳《あたま》の蕊《しん》がしんしん痛んだ。三味線《しゃみせん》に囃《はや》されてちょんぬけをやり、裸になる代りに酒を呑まされ、ヘベれけになって座敷を出たまでは覚えているが、帰ってから二階で親爺に介抱されたような気もするが、あのくりくりした目で見ていられたようにも思われ、それが幻覚であったようにも思われた。少し吐いたとみえて、嗽《うが》い茶碗《ぢゃわん》や濡手拭《ぬれてぬぐい》が丸盆の上にあった。
昼少し過ぎに、マダムの容態に何か変化が来たのか、昨夜呼ばれた連中の一人である栗栖《くるす》という医学士が来ていた。栗栖は銀子の仕込み時代から何となし可愛《かわい》がってくれた男で、病院へ薬を取りに行ったりすると、薬局へ行って早く作らせてくれたり、病院のなかを見せてくれたりした。そのころ吉川鎌子《よしかわかまこ》と運転手の恋愛事件が、世間にセンセイションを捲《ま》き起こしていたが、千葉と本千葉との間で轢死《れきし》を図り、それがこの病院に収容されているのだった。
「この病室にいるんだよ。」
などと病室の前を足早に通りすぎたこともあった。
マダムお気に入りの銀子が、手洗いの湯やタオルを盆に載せて持って行くと、ちょうど診察が済んだあとで、一両日中に入院でもするような話であった。
「どうも昨夜は失敬した。途中まで送ってあげようと思ったんだけれど、いつの間に帰ったのか……今朝何ともないかい。」
銀子に言うのだった。銀子もこの若い医者が好きなので、前へ出ると顔が少し紅《あか》くなったりするのだったが、その理由は解《わか》らず、何となし兄さんのような感じがするのだった。昨夜も若い同僚たちに揶揄《からか》われ、酒を強いられ、わざとがぶがぶ呑んで逃げて来たのだった。
栗栖は十畳の主人の帳場で、マダムの容態を説明し、入院の話をしていた。
「何しろお宅も忙しいから、とても手が届かないでしょう。つい自分で起《た》ったり何かするのがいけないんです。」
親爺もそれに同意していたが、昨夜の銀子の話もしていた。
この家《うち》には六人の抱えがあり、浜龍《はまりゅう》という看板借りの姐《ねえ》さんと銀子が、一番忙しい方だった。浜龍は東金《とうがね》の姉娘の養女で、東京の蠣殻町《かきがらちょう》育ちだったが、ちょっと下脹《しもぶく》れの瓜実顔《うりざねがお》で、上脊《うわぜい》もあり、きっそりした好い芸者だった。東金で仕込まれたが、柄がいいのでみすみす田舎《いなか》芸者にするのが惜しまれ、新橋の森川家へあずけて、みっちり仕込んでもらっただけに芸でも負《ひ》けは取らなかった。長唄《ながうた》のお浚《さら》いにかかると、一時に五六番から十番も弾《ひ》きつづけて倦《う》むことを知らなかったが、宴会の席で浦島などを踊っても、水際《みずぎわ》だった鮮かさがあった。出たてには銀子の牡丹も、自分の座敷へ呼んでくれた。
「今日牡丹ちゃん呼んであげるわ。余計なこと喋《しゃ》べらないことよ、そしてちゃかちゃかしないで落ち着いているのよ。」
彼女は少しそそっかしい銀子に言うのであった。
銀子が行ってみると、それは小山という六十年輩の土地の弁護士で、浜龍のペトロンであった。銀子はお酌《しゃく》をしたり、銚子《ちょうし》を取りに行ったり、別にすることもなかったが、余計なことを封じられたのは、浜龍にはこのほかにも一人材木屋のペトロンがあり弁護士のことも承知の上なので、昼間来て晩方引き揚げるのだったが、この男が帰ると彼女はいつも貰《もら》ったお札《さつ》の勘定をするのだった。
養女で看板借りなので、ほかの抱えと一緒の部屋には寝ないで、離れの一|棟《むね》を占領していたが、食事の時もみんなと一つの食卓には就《つ》かず、ちょっとした炊事場も離れについていたので、そこで自分だけの好きなものを拵《こしら》えたり、通りの洋食や天麩羅《てんぷら》を取り寄せたりして、気儘《きまま》に贅沢《ぜいたく
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