歩きながら、大通りへ出て行った。銀子は唐物屋《とうぶつや》や呉服屋、足袋屋《たびや》などが目につき、純綿物があるかと覗《のぞ》いてみたが、一昨年草津や熱海《あたみ》へ団体旅行をした時のようには、品が見つかりそうにもなかった。
「このごろはどこの有閑マダムでも、掘出しものをするのに夢中よ。有り余るほど買溜《かいだ》めしていてもそうなのよ。お父さんは買溜めするなと言うんですけれど、この稼業《かぎょう》をしていると、そうも行かないでしょう。足袋なんかもスフ入りは三日ともちませんもの。だから高くても何でもね。」
「そうよ。」
銀子は菓子屋や雑貨店なども、あちこち見て歩いた。そして氷豆腐や胡桃《くるみ》をうんと買いこんだ。加世子はキャンデイを見つけ、うんとあるパンやバタも買った。
十一
富士屋の前へ来た時、
「冷たいものでも飲みましょうか。」
と加世子が店先に立ち止まったので、「いいわ」と銀子も同意した。それから先へ行くと、宿屋の構えも広重《ひろしげ》の画《え》にでもありそうな、脚絆《きゃはん》甲掛けに両掛けの旅客でも草鞋《わらじ》をぬいでいそうな広い土間が上がり口に取ってあったりして、宿場の面影がいくらか残っており、近代式のこの喫茶店とは折り合わない感じであったが、チャチな新しい文化よりも、そうした黴《かび》くさいものの匂いを懐かしむ若い人たちもあるのであった。
銀子はそのどっちでもなかったが、どこがよくて若い娘たちが何かというと喫茶店へ入るのか、解《わか》りかねた。彼女もかつての結婚生活が巧く行かず、のらくらの良人《おっと》を励まし世帯を維持するために、銀座のカフエへ通ったこともあったが、女給たちの体が自由なだけに生活はびっくりするほど無軌道で、目を掩《おお》うようなことが多く、肌が合わなかった。喫茶店はそれとは違って、ずっと清潔であり、学生を相手にする営業だということは解っていても、喫茶ガアルもカフエの卵だくらいの観念しかもてず、隅《すみ》っこのボックスに納まって、ストロオを口にしている、乳くさい学生のアベックなどを見ると、歯の浮くような気がするのだったが、加世子にはそんな不良じみたところは少しもなかった。
二人は思い思いの飲みものを取って、少し汗ばんだ顔を直したりしてから、そこを出た。
駅前まで来た時、加世子はもう一度ホテルヘ帰り父に挨拶《
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