とはいえん。しかしみな頭脳《あたま》がよくなって、単に古いものを古いなりに扱っているのではなく、時代の視角で新しい解釈を下そうとしているようだ。己は一切傍観者で、勉強もしないから何も解《わか》りはしないけれど。」
「そういえばお兄さまも少し変わって来たわ。」
「どういうふうに。」
「どうといって説明はできないけれど、何しろ一年の余も大陸の風に吹かれていましたから。」
 ぼつぼつ話しながら、二人は青嵐荘近くまで来ていた。かれこれ十時半であった。
 部屋は一晩寝ただけに、昨日着いた時よりも親しみが出来、均平はここで一ト月も暮らし、自分をよく考えてみるのもよいかも知れぬと思ったが、そういう機会はこれまでにもなかったわけではなく、本当に考える気なら、それが絃歌《げんか》の巷《ちまた》でも少しも差《さ》し閊《つか》えないはずだと思われた。
 しばらくお茶を呑《の》んで休んでから、加世子が頼んだタキシイが来たところで、三人はまた打ち揃《そろ》って山荘を出た。
 上諏訪でおりたのは、十二時過ぎであった。
「どうしましょう、私お腹《なか》がすいたんですの。フジ屋へでもお入りになりません?」
「食事ならホテルでしよう。買物はその後になさい。」
 ホテルまではちょっと間があった。銀子に加世子を紹介したところで、こだわりのない銀子のことだから加世子に悪い感じを与えるはずもなく、反対に銀子にもいやな印象を与えるわけもなく、これを機会にたまには逢っても悪くはないし、夙《はや》く母に別れて愛に渇《かつ》えている加世子にとって、時にとっての話相手になるのではないかと、均平は自分勝手にそんなことを考えていた。

      九

 銀子はちょうどつまらなそうに独りでサロンにいて、グラフを読んでいたが、サアビス掛りのボオイが取り次ぎ、均平が入って行った。
「退屈したろう。」
 均平が帽子を取ると、
「そんなでもない。」
 と素気《そっけ》なく言ってすぐ入口にまごついている加世子に目を見張った。この眼も若い時は深く澄んで張りのある方だったが、今は目蓋《まぶた》にも少し緩《たる》みができていた。
「お嬢さんでしょう。」
「そうだよ。上諏訪へ遊びに行くというから、連れて来たんだ。あすこは病院だけは素敵だが、何しろ荒い山で全くの未懇地だ。」
 そう言って均平が、振り返ってにやり笑うので、加世子も口元ににっこ
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