て行ったが、寂しいこの町も見慣れるにつれて、人の姿も目について来て、大通りらしい処《ところ》へ出ると、かなりの薬局や太物屋、文房具屋などが、軒を並べていた。
ある八百屋《やおや》の店で、干からびたような水菓子を買っている加世子と女中の姿が、ふと目につき、均平は思わず立ち停《ど》まった。加世子は水色のスウツを着て、赤い雨外套《あまがいとう》を和服の女中の腕に預け、手提《てさげ》だけ腕にかけていたが、この方はしばらく見ないうちに、すっかり背丈《せたけ》が伸び、ぽちゃっとしたところが、均平の体質に似ていた。土間に里芋が畑の黒土ごと投《ほう》り出されてあった。
均平が寄って行くと、加世子がすぐ気づいた。頬《ほお》を心持赤くしていた。
「あら。」
「今帰って来たのか。」
「え、ちょっと療養所へ行って来ましたの。」
「どんな様子かしら。」
加世子はそれについて、いずれ後でというふうで、何とも言わなかった。
「お手紙ありがとう。」
「いいえ。」
紙にくるんだ夏蜜柑《なつみかん》にバナナを、女中が受け取ると、やがて三人で山荘の方へ歩き出した。
「お兄さまそう心配じゃないんですけど……多分この一ト冬我慢すればいいんでしょうと思います。」
「そうですか。すぐ行ってみようかと、実は思ったけれど、興奮するといけないと思って。」
「何ですか来てほしいようなことを言うんですの。それでお手紙差し上げましたの。」
聞いてみると、故郁子の姉の子加世子には従兄《いとこ》の画家|隆《たかし》も来ているらしかった。
四
雨がぽつりぽつり落ちて来たので、三人は石高な道を急いで宿へ帰って来た。
ちょうど入笠山《にゅうがさやま》あたりのハイキングから帰って来たらしい、加世子の従兄と登山仲間の友人とが、裏の井戸端《いどばた》で体をふいているところだったが、加世子が見つけて、縁端《えんばな》へ出て言葉を交している工合《ぐあい》が、どうもそうらしいので、均平も何か照れくさい感じでそのまま女中の案内で二階の加世子の部屋へ通った。
部屋はたっぷりした八畳で、建具ががたがたで畳も汚かったが、見晴らしのいいので助かっていた。床脇《とこわき》の棚《たな》のところに、加世子のスウツケースや風呂敷包《ふろしきづつみ》があり、不断着が衣紋竹《えもんだけ》にかかっており、荒く絵具をなすりつけた小さい絵も
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