。芸者の痩《や》せ腕で男の難儀を救う、そんな無理なことは言わないが、お前はんにできることだったら、してあげたらどうだろう。なるほど晴子という女は、芸者にしては見所《みどころ》がある、心掛けのいい奴だと、あの人が感心するようだったら、そこは若ーさんも肚《はら》のすわった男だから、この先きお前はんのためにも悪いはずはないにきまっている。」
「どうすればいいんです。」
銀子が訊《き》くと、何のことはない。それはお神の鼻元思案で、銀子が今までにしてもらったダイヤの指環《ゆびわ》に、古渡珊瑚《こわたりさんご》や翡翠《ひすい》の帯留、根掛け、櫛《くし》、笄《こうがい》、腕時計といった小物を一切くるめて返すようにと言うので、銀子はせっかく貰《もら》ったものを取りあげられるのが惜しく、不服だったが色に見せず、急いで家《うち》に帰り、片手ではちょっと持てないくらいの包みにして、持って来た。お神はそれを受け取り、さも自分の指図《さしず》に出たことだと言わぬばかりに、若林の前へ持ち出した。
若林は「ふむ」と顔を背向《そむ》けていたが、女にくれてやったものまで取り返すほど行き詰まっているわけでもなく、一旦持って帰りはしたものの、四五日すると、お前の智慧《ちえ》ではあるまいと言って、そっと銀子に返してくれるのだった。
浜町の待合では、福太郎に春次も来ており、お酌《しゃく》なども取り交ぜて五六人|揃《そろ》っていたが、やがて瀬川もやって来て、幕の内に摘《つま》み物などを通し、酒の強い福太郎や春次に強《し》いられて、銀子も三度に一度は猪口《ちょく》を乾《ほ》し、酔いがまわって来た。胃腸の弱い瀬川はたまに猪口を手にするだけで、盃洗《はいせん》のなかへ滾《こぼ》し滾しして、呑《の》んだふりをしていたが、お茶もたて花も活《い》け、庖丁《ほうちょう》もちょっと腕が利くところから、一廉《いっかど》の食通であり、[#地付きで](未完)
底本:「現代日本文学館8 徳田秋声」文藝春秋
1969(昭和44)年7月1日第1刷
※混在する「パトロン」と「ペトロン」は、統一しなかった。
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空
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