鉄の門扉《もんぴ》に鉄柵《てっさく》がめぐらしてあり、どんな身分かと思うような構えだったが、大場その人はでっぷり肥《ふと》った、切れの長めな目つきの感じの悪い、あまりお品のよくない五十年輩の男で、これも花村からの※[#「※」は「「夕」の下に「寅」」、第4水準2−5−29、437−下15]縁《いんねん》で、取引することになり、抱え妓《こ》の公正証書を担保に、金を融通するので、勘定日には欠かさず背広姿で、春よしの二階へ現われるのだった。
 帳場に坐るはずであった花村は、その時分には用がなくなり、開業当初の関係を断ち切るために、訪ねて来ても、気分が悪いといって、二階へ上げないこともあり、留守を使って逐《お》っ攘《ぱら》うこともあった。
「今日もお留守か。いや別に用事はないがね。どうしたかと思ってね。」
 花村はそう言って上へあがり、お婆《ばあ》さんや抱えを相手にお茶を呑《の》みながら世間話をして帰るのだったが、お八つをおごって行くこともあった。
「この節私もあまり景気はよくないがね、まだお神に小遣《こづかい》をせびるほど零落《おちぶ》れはしないよ。みんなに蜜豆《みつまめ》をおごるくらいの金はあるよ。」
 彼は笑いながら蟇口《がまぐち》をさぐり、一円二円と摘《つ》まみ出して子供を梅園へ走らせるのだったが、たまにお神と顔が合っても、彼女の方が強気であり、「何か用?」といわれると、同じようなことを繰りかえしていたが、後にお神が自身結婚媒介所で、いくらか金のある未亡人を一人捜し出し、後妻に迎えさせたので、いつも物欲しそうにしていた花村も、にわかに朗らかになった。

      六

 秋から冬にかけてのことだったが、銀子は女房持ちの若林に、何かしら飽き足りないものを感じ、折にふれてそれを言い出しでもすると、若林は一言のもとに排《しりぞ》け、金で面倒を見てやっていれば、それで文句はないはずだというふうだった。
「芸者は芸者でいるか、二号で気楽に暮らしている方が一番いいんだよ。女房で亭主《ていしゅ》に浮気をされることを考えてごらん、株屋のように体が閑《ひま》で金にもそう困らない割に絶えず頭脳《あたま》をつかっているものは、どうせ遊ぶに決まっているよ。そういう人間の本妻の立場になって考えてごらん。」
 若林は言うのであった。
「だから私たちは気晴らしの翫具《おもちゃ》だわ。」
「そう思
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