も、田舎でお百姓をしたり、養蚕したりしていたんですもの。」
「僕の家じゃ、畑仕事はしてもらう必要はないけれど、養蚕や機織《はた》くらいは覚えておいてもいいね。」
 飯を喰《た》べながら、そんな話をしているうちに、銀子は気分が釈《ほぐ》れ、それほど悲観したことでもないと、希望を取り返すのだった。
 夜になって、銀子は風呂《ふろ》に入り、土地の習慣なりに、家へ着替えに行くと、主人夫婦もちょうど奥で晩酌《ばんしゃく》を始めたところで、顔を直している銀子に声をかけた。
「寿々ちゃん、あんた今日倉持さんのお母《っか》さんに逢《あ》っただろう。」
「逢ったわ。」
「お母さん帰りに、見番へ寄って行ったそうだよ。」
「そう。」
「貴女《あなた》のことをね、顔にぺたぺた白粉《おしろい》も塗らず、身装《なり》も堅気のようで、あんな物堅い芸者もあるのかと、飛んだところで、お讃《ほ》めにあずかったそうよ。」
 冷やかし半分にお神は言うのだった。

      十四

 何かといっているうちに、その年も暮れてしまい、銀子は娘盛りの十九の春を迎えたわけだったが、一年の契約が切れただけでも、いくらか気が楽になり、二度目の冬だけに、陰鬱《いんうつ》な海や灰色の空にも駭《おどろ》かず、真気山《まきやま》のがんちょ参りにも多勢の人に交じって寒気の強い夜中の雪の山を転《ころ》がりながら攀《よ》じ登り、言葉もアクセント違いの土地の言葉をつかって、嗤《わら》われたりしたが、不断親しく往来をしている、看護婦の小谷さんとか、内箱の婆《ばあ》やなどの土地言葉には、日常的な細かい点ではどうしても意味の取れないところもありがちで、解《わか》ったふりで応答しているよりほかなかった。
 看護婦の恋愛には別に進展もなく、現実の生活に追われがちなその日その日を送り、学生が帰ってしまえばしまったで、いつとはなし音信も途絶えてしまった。彼女は俸給《ほうきゅう》のほとんど全部を親に取りあげられ、半衿《はんえり》一つ白粉《おしろい》一|壜《びん》買うにも並々ならぬ苦心があり、いつも身綺麗《みぎれい》にしている芸者の身の上が羨《うらや》ましくなり、縹緻《きりょう》もまんざらでないところから、時々そんな気持になることもあった。
「傍《はた》で見るほど私たちも楽じゃないのよ。私だって親や妹たちのために、こんな遠い処《ところ》まで来て、借金
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