汚《きたな》らしい感じで、何となく虫が好かず、親切すぎるのも煩《うるさ》かった。銀子は入院当時、自尊心を傷つけるのがいやさに、わざと肋膜《ろくまく》だといって脅《おど》かし、家《うち》の都合でここで安静にしているのだと話したのだったが、しばらく姿を現わさないところを見ると、それを真に受け、怖《おそ》れて近づかないのかしらなぞと思っていた。それが今ごろどうして来たのか、珍らしい人が来たものだと、わざと恍《とぼ》けていた。
「もう起きていいのかね。」
看《み》ると浦上は、左の頬《ほお》から頭へかけ、大袈裟《おおげさ》に繃帯《ほうたい》していたが、左の手首から甲へも同じく繃帯がしてあった。
「わんさんどうしたの?」
「酷《ひど》い目に逢《あ》いましたよ、高野山《こうやさん》で……。」
「高野山へ行ってたの。」
「そうですよ。高野山で崖《がけ》から落っこちて怪我《けが》したですよ。ほらね、足も膝皿《ひざさら》を挫《くじ》いて一週間も揉《も》んでもらって、やっと歩けるようになったですよ。」
「まあどうして……。」
「高野山に肺病なら必ず癒《なお》るという薬草があるのです。これは誰にも秘密だがね、僕の祖父時代までは家伝として製法して人に頒《わ》けてやっていたもんです。僕も十四五の時分に見たことがありますが、今は大概採りつくして、よほど奥の方へ行かないと見つからないということは聞いていたです。僕は寿々《すう》さんのためにそいつを捜しに出かけたんだがね、なるほど確かにそれに違いないと思う薬草はあるにはあるんだが、容易なことじゃ採れっこないですよ。何しろ深い谿間《たにあい》のじめじめした処《ところ》だから、ずるずる止め度もなく、辷《すべ》って、到頭深い洞穴《あな》のなかへ陥《お》ちてしまったもんですよ。」
「まあ。私また兄《わん》さんがしばらく見えないから、どうしたのかと思って……。」
「お山の坊さんに聞いてみたら、やはりそうだというから、二日がかりで採集したのはいいけれど、二日目に崖から足を踏みはずして、酷い目に逢ってしまいましたよ。しかし成功だったね。」
浦上はそう言って、三共で製剤してもらったという小さい罐《かん》を二個、紙包みから取り出し、銀子の病床におき、その用法をも説明した。
「そんなにまでしていただかなくてもよかったのに。お気の毒したわ。」
「なに、僕も一度は捜しに
前へ
次へ
全154ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング