と阿母さんの口から縁談の話が出た。けど秋山少尉は考えておきますと、然《そう》いうだけで、何遍話をしても諾《うん》といわない。
 そこで阿母さんも不思議に思って、娘が気に入らないのか、それとも外に先約でもあるのかと段々訊いてみるてえと、身分が釣合ねえから貰わねえ。高《たか》が少尉の月給で女房を食わして行けようがねえ。とまあ恁《こう》云う返答だ。うん、然うだったか。それなら何も心配することはねい。どんな大将だって初めは皆な少尉候補生から仕上げて行くんだから、その点は一向|差閊《さしつか》えない。十分やって行けるようにするからと云うんで、世帯道具や何や彼や大将の方から悉皆《すっかり》持ち込んで、漸くまあ婚礼がすんだ。秋山さんは間もなく中尉になる、大尉になる。出来もしたろうが、大将のお引立もあったんでさ。
 そこへ戦争がおっ始《ぱじ》まった。×××の方の連隊へも夫々動員令下った。秋山さんは自分じゃもう如何《どう》しても戦《いくさ》に行くつもりで、服なども六七|着《ちゃく》も拵《こし》らえる。刀や馬具なども買込んで、いざと言えば何時でも出発が出来るように丁《ちゃん》と準備が整えている。ところが秋
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