らぐらになってね、棕櫚縄《しゅろなわ》を咬えるもんだから、稼業だから為方《しかた》がないようなもんだけれど……。」
 爺さんは植木屋の頭に使われて、其処此処の庭の手入れをしたり垣根を結《ゆわ》えたりするのが仕事なのだ。それでも家には小金の貯えも少しはあって、十六七の娘に三味線を仕込《しこみ》などしている。遊芸をみっちり仕込んだ嫖致《きりょう》の好い姉娘は、芝居茶屋に奉公しているうちに、金さんと云う越後産の魚屋と一緒になって、小楽に暮しているが、爺さんの方へは今は余り寄りつかないようにしている。
「私も花をあんなものにくれておくのは惜しいでやすよ。多度《たんと》でもないけれど、商売の資本まで卸してやったからね」と爺さんは時々その娘のことでこぼしていた。
「お爺さんなんざ、もう楽をしても好いんですがね。」
 上さんはお茶を汲んで出しながら、話の多い爺さんから、何か引出そうとするらしかった。子供はもう皆な奥で寝てしまって、二つになる末の子だけが、母親の乳房に吸いついた。勤め人の主《あるじ》は、晩酌の酔がまださめず、火鉢の側に胡座《あぐら》をかいて、にやにやしていた。
「どうして未だなかなか。
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