、お宅の坊ちやんや何かと同じやうにね。」夫人も言つた。
「解らないんですよ。格別悪いと云ふ女ぢやないんだ。それだけ始末がわるい。」磯村も批判者の地位に立てたことを、愉快に感じた。
「お蔭で私も安心しましたわ。」
 やがて四人は、卓《テーブル》の側へ集つて紅茶など飲んだ。そこに先刻《さつき》の電報が、吾妻の目にもついた。長閑《のどか》な天気であつた。
「坊ちやん好かつたんですか。」
「え、お蔭さまで。」
「桜が咲きますな。一つお花見にでも出かけようぢやありませんか。」吾妻が出しぬけに言つた。
「え、好いですね。」磯村の妻も早速賛成した。
 けれどまだ何処かに安心し切れない何かが、彼女に残つてゐた。磯村にはそれが何であるかがよく解つてゐた。それを彼女の利己心だとばかりも思へなかつた。彼はこの出来事を、思ひのほか重大視してゐる彼女の心を、今までにも屡《しば/\》経験する機会をもつてゐた。それは寧《むし》ろ曾《かつ》て見たこともなかつたやうな、彼女の可憐《いぢら》しさだとしか思へなかつた。
[#地から1字上げ](大正十三年四月)



底本:「現代文学大系 11 徳田秋聲集」筑摩書房
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