目の先を歩いて行ったが、どんな家《うち》へ入って行ったかは、よく見極《みきわ》められなかった。それがクルベーの邸宅であることは、ずっと後に解《わか》った。
 暑い盛りの歌舞伎座は、そう込んでいなかった。俳優の顔触れも寂しかったし、出しものもよくはなかった。庸三は入口で、顔見しりの芝居道の人に出逢《であ》ったが、廊下でも会社の社長の立っているのを見た。小夜子が紹介してくれというので、ちょいと紹介してから、二階へあがって行ったが、そうやって、前側にすわって扇子をつかっている小夜子の風貌《ふうぼう》は、広い場内でも際立《きわだ》つ方であった。でも何の関係もないだけに、葉子と一緒の時に比べて、どんなに気安だか知れなかった。
 二人は楽しそうに、追々入って来るホールの観客を見降ろしながら、木の入るのを待っていた。

 到頭ある日葉子から電報が来た。月|蒼《あお》く水|煙《けぶ》る、君きませというような文句であった。
 庸三はもう二週間もそれを待ちかねていた。絶望的にもなっていた。いきなり彼女の故郷へ踏みこんでいって、町中《まちなか》に宿を取って、ひそかに動静を探ってみようかなぞとも考えたり、近所
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