た。そしてそれでだんだん緩慢に庸三との交渉も絶えてしまうもののように見えた。
するとしばらく音沙汰《おとさた》のなかった葉子から、またしても電話がかかって来た。
庸三はどんな場合にも、手をひろげて彼女を待っているものとしか思えなかった。
「先生、私よ。今|燕楽軒《えんらくけん》にいるのよ。ちょっと来て。すぐよ。」
彼女は命令するように言うのだったが、何か切迫した語調であった。庸三は拒むこともできずに、やっぱり部屋を出て行った。燕楽軒の広い土間のホールヘ入ってみると、洋装の葉子が右側の窓下のところにいて、近づいて行く彼に気づくと、かつて見たこともないような愁《うれ》いに充《み》ちた顔をあげた。前側の椅子にかけると、彼女はヒステリックな表情で、
「ここでは話もできないの。出ましょう。」
と呟《つぶや》いて、あわただしくコオヒ代を払って起《た》ちあがった。
町はラッシュアワアだったが、秋の侘《わ》びしい光線が一層この十字街を無秩序なものにしていた。葉子は一緒に歩くことをも憚《はばか》るように、急いで向う側へ渉《わた》ると、そこでガタ車を一台呼び止め、彼の来るのを待ってドアをしめた。
少し走り出すと、彼女はくしゃくしゃの手巾《ハンケチ》を濡《ぬ》れた目から放して何か言おうとしたが、また顔を掩《おお》った。
「どうしたんだ。」
「私到頭清川さんに棄《す》てられてしまったのよ。」
「ふうむ。」
庸三も声が喉元《のどもと》に閊《つか》えたようで、瞬間ちょっといやな感じだった。ひそかに予期していたことでもあったが、てこずった果てに投《ほう》り出してしまった清川に同感はできても、投り出された葉子を今更|咎《とが》めたり冷笑したりする気にはなれなかった。
「僕はまたあれから巧く行っていることとばかり思っていた。」
「ええ、そうなの。そのことで最近|田舎《いなか》から兄もわざわざ出て来たくらいなのよ。何しろあの人なら三田の秀才だし、今度こそは過去を清算して名誉を恢復《かいふく》するのにいい機会だからというので、結婚してもらうように清川さんに話しこんでくれたりしたの。あの人は二三日考えさしてくれということで、その返辞を今日まで待っていたんですよ。そうするとその返辞がこれでしょう。」
葉子はそう言って手提《てさげ》のなかから、揉《も》みくしゃの半ぴらの紙片《かみきれ》を出して
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