ようで、いくらか心外な感じがしなくもなかった。しかしそれも、後になって考えてみると、清川と師匠の関係は、切れたようで真実は切れきりではなかったのかも知れないのであった。切れるために、庸三の金がいくらか役に立ったのではなかったか。瑠美子の恩師へのせめてもの償いとしても、葉子と清川とがそれだけの物資を提供したであろうことも、庸三の感じに映ったあの時の事象の辻褄《つじつま》を合わせるのに、まるきり不必要な揣摩《しま》でもなかった。しかしそれも時たってから、庸三の興味的にでっちあげた筋書で、事件の直後にはなんの影も差さなかった。
「えらいんだな、もう稽古なんか初めて。」
 庸三が言うと、彼女は嫣然《にっこり》して、
「え、今日から初めましたの。心持の整理もつきましたからね。それに負け惜しみじゃないけれど、真実《ほんとう》を言うと、この方がさっぱりしていいのよ。」
 そして三十分ほど話して、庸三は師匠の家を出たのだったが、銀座で食料品の店頭に、ふと支那服の彼女を見つけた時には、少女のように朗らかであった。庸三は小夜子と庸太郎を紹介して、四人歩きながらしばらく話してから別れたのだったが、それが契機《きっかけ》となって川沿いの家の訪問となったものであった。
 支那服は東洋風の麗人にふさわしいものだけに、師匠を若くもしていたし、魅力的にもしていた。そこで小夜子の案で靴を贈ることに決まったが、どうせ贈るなら好いものをあげたいから、遊びがてら浜まで行って一緒に見てくれまいかというのであった。
「それで、足の寸法もありますから、あの人にも行っていただきたいんですの。それとなくみんなで遊びに行くことにして。支那料理くらい奢《おご》りますわ。」
「よかろう。」

      二十六

 さっそく電話で打合せをして、師匠の雪枝と新橋で落ち合って、小夜子と庸三父子と都合四人で半日遊ぶつもりで横浜へドライブしたのは、それから一日おいての午後のことであった。伊勢佐木町《いせざきちょう》の手前でタキシイを乗り棄《す》て、繁華な通りをぶらついたが、幾歳《いくつ》になっても気持の若い雪枝は、子供のように悦《よろこ》んで支那服姿で身軽に飛び歩いていた。やがて目的の元町通りを逍遙《ぶらつ》いて西洋家具屋や帽子屋の飾り窓を見てまわり、靴屋も見たのだったが、当の本人がいるのではやはり工合《ぐあい》がわるかった。何
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