は庸三の書斎へ入って来ると、少し興奮した目をして、
「今日行ってみましたら、清川さん本を売るのだそうで、部屋中取り散らかしていました。」
「どうして?」
「あすこは先輩の山上さんの奥にある借家ですから、何かにつけ窮屈なんでしょうか、今度|田端《たばた》の方へ家を見つけて、そこへ引き移るそうですから、金がいるんでしょう。」
 庸三は腑《ふ》におちなかった。一月もたつか経《た》たぬに、庸三の提供した金がもう無くなったのだろうか。もし清川がそれに手を着けるのを潔《いさぎよ》しとしないにしても、本を売らなくては引越しもできないほど、手元が不自由なのだろうか。
「そんなことないだろう。」
「いや、そうです。重に舞踊や美術に関する書物で、売るのは実に惜しいと言っていました。」
 それほど真剣なのかと庸三は悲痛な感じもした。
 それからまた少し経ってから、ちょうど田端へ引っ越したところを、史朗はわざわざ見に行って来た。そこは木造の二階建の古い洋風住宅で、コスモスでも作るに相応《ふさわ》しい前庭もあった。
 しかし史朗はその時、清川に頭臚《あたま》を殴《なぐ》られ、泣き面《つら》かきながら逐《お》い攘《はら》われて来た。
「何だって?」
 庸三が訊《き》くと、史朗は痛そうに頭臚をかかえて、
「奴《やっこ》さん何か興奮しているんでしょう。それに僕がちょいちょい覗《のぞ》きに行くもんで。しかしあれじゃ駄目だと思いますね。梢さん僕に詫《わ》びていましたけれど。」
 史朗も憤慨したものらしく、清川が葉子に値いしないことを歎《なげ》いていたが、それきり葉子の消息も絶えてしまった。

      二十五

 三月になってから、ある日も小夜子が庸三の書斎に現われた。庸三は今も時々晩飯を食べに、川沿いの家へタキシイを駆った。たまには人をつれても行ったが、一人の方が気易《きやす》かった。その時分になると庸太郎は小夜子と同伴でない限り、めったに父の書斎に姿を現わさなかったが、それもかえって庸三に都合の好いこともあった。庸三は初めひどくそれを警戒したのであったが、無駄であった。彼は子供の姿を見失わない限り、大抵のことは子供自身の判断に委《まか》せがちであった。それが子供に親切か不親切かはしばらく措《お》いて、子供たちをそれぞれの一人格として見る癖があった。それに彼の気持では若い時代は常に前時代より優れて
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