うな彼女の鼻元思案のように思えたが、彼はにやにやしながら、ただ頷《うなず》いていた。
「今日はどうしてそんなに笑ってばかりいるの?」
 葉子は神経質に詰《なじ》った。
「何でもないよ。何となくせいせいした気持なんだ。」
 葉子の言うのでは、母も取る年だから、この上の苦労はさせたくない。家《うち》の収入も減ったので、かつての庸三のぺンを執ったあの離房《はなれ》も、人に貸すことになったし、この際少しお金をあげたいと思う。瑠美子の健康にも田舎の暮しのいいことがつくづく思われる云々《うんぬん》。
 庸三がわざと擬装しているとでも思ったらしく、葉子は外へ出てからも、ここで別れる彼を哀れむように自身もいつか自身の言葉に感傷を誘われたふうで話しつづけた。
「じゃもうお別れね。解《わか》って下すったわね。」
 彼女は手を延べた。
「さようなら。」
 塵除けの翅《はね》を翻して、広小路の方へ歩いて行く彼の後ろに声がした。
 しかし二日もたたないのに、庸三はまた呼出し電話の口で、彼女の朗らかな声を耳にした。
「すぐ来て。私お母さんと喧嘩《けんか》して帰って来たの。」

 たといどんな条件で別れたにしても、呼び出そうと思えばいつでも呼び出せる庸三だと、葉子は高を括《くく》っていた。それに今度は金の問題があるだけに、取るには取ったが、後の気持に何か滓《おり》が残った。上野で袂《たもと》を別った時の彼の態度も気にかかった。庸三は一応春日の手前も考えてみなければならず、かかる事件の連続にも飽いていたが、別れた時の言葉はまるで忘れたような今の葉子の電話の爽《さわ》やかさには、自身に閉じ籠《こ》もってもいられないような衝動が感じられ、変転|究《きわ》まりない彼女の行動を、つけられるだけは尾《つ》けてみたくもあった。
 朝はまだ早かった。秋らしい光線が、枝葉のやや萎《な》えかかった銀杏《いちょう》の街路樹のうえに降り灑《そそ》ぎ、円タクの※[#「※」は「風+昜」、第3水準1−94−7、293−上−11]《あ》げて行く軽い埃《ほこり》も目につくほどだった。旅館は新宿のカフエ街の垠《はず》れの細かい小路にあったが、いつか一度泊まったこともあるので、すぐ円タクを手前まで乗りつけることができたが、車をおりて前まで歩いて行くと、上から葉子の呼ぶ声がした。見あげると手摺《てすり》に両手をついて、下を見ながら笑っ
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