すぎるようでいやだから。」
そうしているうちに、註文《ちゅうもん》の式服が、葉子の希望どおり二三箇所|刺繍《ししゅう》を附け加えて出来あがって来た。庸三はいよいよ脚光を浴びることになりそうに思えて、圧《お》し潰《つぶ》されたような心に、強《し》いて鞭《むち》を当てた。
庸三はかつて葉子の故郷で、昔、先夫の松川と結婚の夜に着飾ったという、小豆色《あずきいろ》した地のごりごりした小浜の振袖《ふりそで》に、金糸銀糸で千羽|鶴《づる》を刺繍してある帯をしめた彼女と、兄夫婦に妹も加わって、写真を取ったことがあった。それは庸三を迎えた時の彼女の家庭の記念撮影であったが、事によるとそれが本式になるのではないかと思った。
しかしある時庸三は、長男の庸太郎にだけそのことを告げて、彼の意見を徴しようと思った。
「そうですね、梢さんは別に物質を望むような人でもないでしょうから、差閊《さしつか》えはないと思いますけれど、籍を入れるのだけはどうかな。」
「いけないと思う。」
「まあね。」
庸三も頷《うなず》いた。
庸三がそのことを葉子に打ちあけたところで、彼女の表情はにわかに険しくなった。
「庸太郎さんが相続者という立場て、そんなこと言うなら、私も止します。」
「しかし戸籍上の手続きをするというのは、お互いに縛ることだから、君にも不利益じゃないか。」
「それが先生の利己主義というものよ。私もうここにいられない。」
苛立《いらだ》つときの彼女の神経は、彼にはいつでも堪えがたいものであった。
「じゃ勝手にするさ。」
庸三の語調も荒かった。
葉子は旋風のごとく飛び出して行った。
春日は庸三の亡妻時代からの懇意な弁護士であった。数寄屋河岸《すきやがし》に事務所をもち、かつて骨董癖《こっとうへき》のある英人弁護士の事務所に働いたこともあるので、自分でも下手《げて》ものの骨董品や、異国趣味の室内装飾品などが好きであったが、庸三はある連帯の債務を処理してもらったことから、往来するようになったものだった。それに美貌《びぼう》のその夫人がはからずも葉子の女学生時代の友達であるところから、葉子が庸三のところへ来てからも、同窓生の集りであるお茶の会に呼ばれたこともあり、往《ゆ》きつけのカフエや芝居へ案内されたこともあった。真実《ほんとう》のことはいざ知らず、表面では彼らは二人に好意をもっていた
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