、庸三はあの記事が自分の本意でないことを訴えた。
「葉村君は私の気持を少し好意的に酌《く》みすぎたんですよ。あれじゃ全然葉子を叩き潰《つぶ》すようなもので、私も寝醒《ねざ》めが悪くて仕様がありませんから。一つ取り消していただきたいと思って……。」
「そうですかね。しかし取消しはどうですかね。社の方でもよくよくの間違いでもなければ、一度出したものは取り消しはしないことになっているんですがね。あれはあれでいいじゃありませんか。」
「いや、困るんです。葉子よりも僕の立場がなくなるんで。」
しばらく話が入り乱れたが、傍に葉子が耳を苛々《いらいら》させているので、庸三も少し逆上気味になっていた。それに電話が遠くなって、何か雑音が混じり込んだりしたので、急所がはっきりしかねた。やがて庸三は受話機を措《お》いた。そして、廊下の端に誰か立聴《たちぎ》きしているのに気がつくと、急いで二階へ上がった。
「駄目。」
庸三は投げ出すように言った。
葉子が黒須を動かして、彼の知っている、その新聞社の上層部の好意で、特別に記事の訂正かたがた葉子のために記事の載せられたのは、それから間もなくであった。
逗子の海岸にもいつしか秋風が吹いていた。
そのころになって、庸三はまたしても葉子の家に寝食することになった。
「当分またしばらく行っていてやらなけりゃならないからね、留守をよく気をつけて。」
庸三は家《うち》を出るとき、そう言って長男に後事を托《たく》した。訂正の記事は出したにしても、それは苦しまぎれの糊塗的《ことてき》なもので、葉子は社会的には全く打ちのめされた形だった。
訂正記事は、新聞社の会議室で作られ、黒須もりゅうとした羽織|袴《はかま》に黒足袋《くろたび》という打扮《いでたち》で、そう言えばどこか院外団の親分らしい風姿で立ち会ったが、庸三にしてみれば、前の記事を塗りつぶすのは、そうたやすいことでもなかったし、葉子側に立っている黒須も来ている時に、記者に談話を取られるのは、あまり見よい図ではなかった。もちろん前もって葉子からその話はあった。彼女は庸三に屈辱感を抱《いだ》かせないために、細心の注意を払うことを忘れなかった。
約束の時間に、庸三が行った時には、葉子はまだ来ていなかったが、主任の木元氏としばらく話しているうちにやって来た。黒須もにこにこしながら入って来たが、庸
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