る一方、マルキシズムの研究が流行しはじめ、プロレタリアの文学が到《いた》るところに気勢を挙げていて、何かあわただしい潮が渦《うず》をまいていた。
しばらく庸三は小夜子と、小夜子の仲好しの友達なぞと遊ぶ幾日かの昼や夜をもつことができた。
小夜子の仲間にも、いろいろの女がいた。家政婦に頼んだらどうかと言って、いつか小夜子が写真を見せてくれた女もその一人であった。小夜子と並んで歩いていると、むしろこの方が立派に見えることさえあったが、近よって話を交えてみると、げっそりするようなところもあった。笑うと出っ歯の齦《はぐき》の露出するのも気になったが、お品が悪くはないながらに口の利き方や気分に、どこか肥料《こやし》くさいようなところがあった。何かぎすついた粗硬な感じで、小夜子の言うように、田舎《いなか》では立派な財産家の奥さまであったらしい、品格もないことはなかったが、話題はいつも低級であった。庸三は時に小夜子の帳場で、お行儀よく坐っている彼女を見かけるのだったが、渋い作りの身装《みなり》もきちんとしていたが、ごつい金歯がひどく顔の感じを悪くしていた。
庸三は妻のある間は、どんな美しい女にも目が留まらなかったし、何か仄《ほの》かに引っかかるもののある感じのする売色《くろうと》にも、その場きりの軽い興味をもち得る機会が、長いあいだにはたまにあったとしても、女を愛する資格があるとは思っていなかったので、自然恋愛を頭から否定してかかっていたのだったが、今葉子との恋愛が破綻《はたん》百出の状態におかれてみると、何か意地の汚い目がとかく世間の女性へと注がれがちであった。
彼は小夜子につれられて、おけいさんというこの女の人の家《うち》へも一度遊びに行ってみた。おけいさんは三田《みた》の方の、ある静かなところに門のある家を借りていた。十六七の姪《めい》が一人|田舎《いなか》から出て来ていて、二階には三田の学生が二人ばかり下宿していた。古風な中庭には泉水などがあって、躑躅《つつじ》が這《は》いひろがり、楓《かえで》の若葉がこんもりした陰影を作っていた。四畳半の床の間には、白い平鉢《ひらばち》に、こってりした生花がしてあって、軸や雲板《うんばん》もそうひどいものではなかった。おけいさんにはお茶の心得もあるらしかった。物綺麗《ものぎれい》でこぢんまりしたところは、妾宅《しょうたく》のよう
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