《かえ》ることもできた。
その日も出癖のついた庸三は、ふらふらと家を出て、通りで自動車を拾ったが、憂鬱な葉子の病室を見舞う気もしなかったので、自然足は川ぞいの家へと向いた。何といっても家が広くなっていただけに気分の悪いはずもなかったが、出来あがってみると、どこもかしこもやってつけの仕事のあらが目について、どこから狩り立てて来たかも知れない田舎大工の無細工さが気になった。それに工事中ろくろく家財や書物の整理もできなくて、裏の家へ積み込んであったので、紛失したものも少なくなかった。近所の路次うちの悪太郎どもが、古|板塀《いたべい》を破って庭から闖入《ちんにゅう》し、手当たり次第持ち出して行ったらしい形跡が、板塀の破れ目から縁側まで落ち散っている雑書や何かを見ても解《わか》ったが、昔ものの手堅い古建具、古畳、建築の余材、そんなものもいつの間にか亡くなってしまった。有るはずのものが見えないのに気がついて、いくら捜しても見つからないようなことも何か寂しい思いであった。好い女中がいなくて勝手元の滅茶々々《めちゃめちゃ》になったことも、庸三の神経を苛立《いらだ》たせた。お鈴という古くからいる、童蒙《どうもう》な顔の体のずんぐりした小女の、ちょくちょく物を持ち出して行くのにも困ったが、むやみといりもしないものを買いこむのが好きな新参のお光にも呆《あき》れた。お鈴は強情で、みすみすこの小女のせいだとわかっていてもなかなか白状しなかったが、わがままなお光は何かといえばお暇を下さいと脹《ふく》れるのであった。
十三
そのころには川沿いの家も大分|賑《にぎ》わっていた。この商売にしては一風かわったマダム小夜子のサアビスぶりに、集まって来るのはことごとく文学者、画家、記者といったようなインテリ階級の人たちばかりであった。客種は開業当時と全然一変していた。しかしその間にも、たまには彼女のクルベー以前、お座敷へ出ていた時分の客も少しはあるものらしく、暮には何か裏までぼかし模様のあるすばらしい春着などを作って、※[#「※」は「女へん」+「島」の「山」に代えて「衣」、217−下−3]嫋《じょうじょう》と裾《すそ》を引きながら、べろべろに酔って庸三の部屋に現われることもあった。多分それは株屋か問屋筋《とんやすじ》の旦那《だんな》か、芳町《よしちょう》に芸者屋をしていたころの引っかか
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