《ねら》いをつけた異性へと飛びついて行くのであったが、やがて生活が彼女の思い昂《あが》った慾望に添わないことが苦痛になるか、または、もっと好きそうなものが身近かに目つかるかすると、抑えがたい慾望の※[「※」は「閻」の「門がまえ」の中の右側に「炎」、第3水準1−87−64、212−上−9]《ほのお》がさらに彼女を駆り立て、別の異性へと飛び蒐《かか》って行くのであったが、一つ一つの現実についてみれば、あまりにも神経質な彼女の気持に迫り来るようなものが、この狭い地上の生活環境のどこにも見出《みいだ》されようはずもないので、到《いた》るところ彼女の虹《にじ》のような希望は裏切られ、わがままな嘆きと悲しみが、美しい彼女の夢を微塵《みじん》に砕いてしまうのであった。しかし北の海の荒い陰鬱《いんうつ》さの美しい自然の霊を享《う》けて来た彼女の濃艶《のうえん》な肉体を流れているものは、いつも新しい情熱の血と生活への絶えざる憧《あこが》れであった。とかく生活と妥協しがたいもののように見える彼女の恋愛巡礼にも、あまりに神経的な打算があった。大抵彼女の産まれた北方には、詳しくいえばそれは何も北方に限ったことでもないが、女の貞操ほどたやすく物質に換算されるものはなかった。庸三は二度も行って見た彼女の故郷の家のまわり一体に、昔、栄えた船着場の名残《なご》りとしての、遊女町らしい情緒《じょうしょ》の今も漂っているのと思いあわせて、近代女性の自覚と、文学などから教わった新しい恋愛のトリックにも敏《さと》い彼女が、とかく盲目的な行動に走りがちである一方に、そこにはいつも貞操を物質以下にも安く見つもりがちな、ほとんど無智《むち》といえば言えるほど曖昧《あいまい》な打算的感情が、あたかも過去の女性かと思われるほどの廃頽《はいたい》のなかに見出されるのを感ずるのであった。もちろん末梢《まっしょう》神経の打算なら、近代の人のほとんどすべてがそれを持っていた。庸三もそれに苦しんでいる一人であった。
 庸三は葉子の痔疾《じしつ》の手術に立ち会って以来、とかく彼女から遠ざかりがちな無精な自身を見出した。
 もちろんそれは前々から彼の頭脳にかかっていた暗い雲のような形の、この不純でややこしい恋愛に対する嫌悪感《けんおかん》ではあったが――そしてそれは激しい非難や、子供たちの不満のために醸《かも》された、妙にねじけ
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