茶《せんちゃ》の道具などを弄《いじ》っている、その夫人のどこか洗練された趣味から推しても、工学士であるその主人に十分建築を委《まか》しきってよいように考えられたものであったが、仕事は別の大工が下受けしたものだことがじきに解って来た。人を舐《な》めたようなやってつけ仕事がやがて初まり、ばたばた進行した。手丈夫ということは、趣味の粗悪という意味で充分認められないこともなかったが、形が出来るに従って彼は厭気《いやけ》が差して来た。しかしもう追っつかなかった。費用がほとんど倍加して来たことも仕方がなかった。住居《すまい》が広くなっただけでも彼は満足するよりほかなかった。そこには古い彼の六畳の書斎だけが、根太《ねだ》や天井を修繕され、壁を塗りかえられて残されてあった。三十年のあいだ薄い頭脳と乏しい才能を絞って、その時々の創作に苦労して来たのもその一室であったが、いろいろな人が訪ねて来て、びっくりしたような顔で、貧弱な部屋を見廻わしたのも、その一室であった。そこはまた夫婦の寝室でもあり、病弱な子供たちの病室でもあった。わずか半日半夜のうちに、十二の夏|疫痢《えきり》で死んで行った娘の畳の上まで引いた豊かな髪を、味気ない気持で妻がいとおしげに梳《くしけ》ずってやっていたのも、その一室であった。お迎いお迎えという触れ声が外にしていて、七月十七日の朝の爽《さわ》やかな風が、一夜のうちに姿をかえた少女の透き徹《とお》るような白い額を撫《な》でていた。そして気が狂わんばかりに、その時すっかり生きる楽しさを失ってしまった妻も、十数年の後の、ついこの正月の二日の午後には、同じ場所で、子供たちの母を呼ぶ声を後に遺《のこ》して冷たい空骸《なきがら》となって横たわっていたのであった。この部屋での、そうした劃期的《かっきてき》の悲しみは悲しみとしても、彼は何か小さい自身の人生の大部の痕迹《こんせき》が、その質素な一室の煙草《たばこ》の脂《やに》に燻《いぶ》しつくされた天井や柱、所々骨の折れた障子、木膚《きはだ》の黝《くろ》ずんだ縁や軒などに入染《にじ》んでいるのを懐かしく感ずる以外に、とてもこれ以上簡素には出来ないであろうと思われるほど無駄を省いた落着きのよさが、今がさつな新築の書斎に坐ってみて、はっきりわかるような気がするほど、増築の部分がいやなものに思われた。しかし、今まで庭の隅《すみ》になって
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